加羅里の祈り③
「鞍馬には幸せになって欲しい。それは昨日までも、今も、これからも、ずっと変わらない私の願いよ。でもね、白状してしまうと、昨日までの私は『私の思う幸せな人生』を鞍馬に押しつけようとしていたの」
その言葉は苦い物を含んだ表情と相まって、自嘲のようにも感じられた。加羅里さんの視線は、傍らにまとめられた荷物の中の小ぶりのスーツケースに向かっている。
「私は、鞍馬にお見合いを勧めようと思って帰ってきたのよ。相手は私の知り合いの娘さんで、いい子なのは分かっていたし、鞍馬が乗り気じゃなくても少し強引に話を進めてしまっていいんじゃないかと思ってた」
「……!」
俺は加羅里さんの視線を追ってスーツケースを見つめながら息を呑む。つまりあのスーツケースの中には加羅里さんがこの人ならば鞍馬の将来を任せられると信じた女性の写真が入っているのだろうか。それを思うとズキンと胸が痛んだ。
胸を押さえて思わず表情を歪めた俺を見て、加羅里さんは少しだけ申し訳なさそうな顔を見せる。
「気を悪くしたなら、ごめんなさい。でも私、あなたたちを見て考え直したの。私が鞍馬に押しつけようとしていたのは幸せのほんの一例でしかないし、本来、幸せには色んなカタチがあるものだわ。どのカタチが一番幸せかなんて論議しても始まらないけれど、きっと自分で選び取った幸せは他人に押しつけられた幸せよりもかけがえのないものになるんじゃないかって」
そして加羅里さんはまた俺を真っ直ぐに見つめた。その直向きさに俺は眩しい物を見たように目を眇めなければならなかった。
「これは、あなたにしか頼めないの」
「どうして……?」
俺は緊張にからからに乾いてしまった口を不器用に動かして訊ねた。しかし加羅里さんは当然のように頷く。
「あなたと出会ったことであの子の気持ちは少し変わったように思うのよ。……ええ、確かに変わったわ。だって、すっかり一人でいることに慣れてしまったようなあの子がようやく自らのためにあなたを欲したのだもの。私の考えていた幸せの形とは少し違うけれど、鞍馬はあなたに出会って、ちゃんと自分なりの幸せを求め始めている」
そこまで言葉にしてから、加羅里さんは細く長く息を吐く。そして大きく息を吸い込むと、どこか晴れ晴れとした明るい表情で首を傾げて見せた。
「だから、私はあなたの存在がとても嬉しいの」
だけど、俺は期待を込めてそう言ってくれる加羅里さんに何の言葉も返せない。
「俺、は……」
ただ、微かな声でそう呟いて、ぐちゃぐちゃと混ぜられた汚泥みたいにどす黒く見通せない気持ちを抱え、俯くだけだった。




