加羅里と黒野②
だがその次の瞬間、黒野さんの隣にいた加羅里さんが俺の肩に回されていた彼の手をぴしりと打って払いのける。そして俺はそのまま後ろにいた鞍馬にぐいと強く腕を引かれ、黒野さんの手の届かない場所まで引き剥がされた。
俺は一体自分の身に何が起きているのか理解が及ばず、きょろきょろと辺りを見回す。俺から引き離された黒野さんは悪びれるでもなくこちらを見て微笑んでいる。加羅里さんも、その隣で何事もなかったかのように口元に手をあてて上品に笑っていた。
「うふふ、確かに可愛らしいけど、手を出しちゃ駄目よ、戒十さん」
その加羅里さんの声は優しかった。だが、それを聞いた俺はどっと体中から冷や汗が吹き出すのを感じる。まさか、黒野さんは婚約者だという加羅里さんの前で俺を口説こうとしたのだろうか。
(どうしてそんなことを……)
多分俺は理解できないものを見る目で黒野さんを見てしまったのだろう。その視線に、黒野さんは苦笑いをしてまた腕を組んで見せた。
「あはは、驚かせてしまったかな。すまないね。可愛い男の子を見ると昔の血が騒いでしまうんだよ」
「……?」
その言葉の意味するところが解らないでいた俺が首を傾げると、今度は鞍馬がずいと俺を背中に庇うようにして再度前に出る。そして不満そうに目を伏せて、吐き捨てるように声を上げた。
「気をつけろよ。黒野は元バリタチのゲイだからな」
鞍馬の突然の発言に、俺はぎょっとして目を見張る。あまりに遠慮のない曝露だった。
俺にはその言葉の真偽や鞍馬の思惑は解らない。ただ、ごくプライベートかつデリケートな部分に踏み込まれた黒野さんが気分を害してしまわないのかと内心ハラハラしていた。
だが、彼が鞍馬の発言に気を悪くした様子はなかった。反抗期の子供に対するようにやれやれといった風情でその言葉を受け止めると、解ってないなとでも言うように肩を竦める。
「元、だなんて言われるのは心外だな。加羅里以外の女には露ほども興味はないし、昔のように手を出すことはないにせよ好みの男の子を見ればいいなと思うんだから、俺は今でもバリタチゲイだよ」
黒野さんは朗らかに「元」の部分以外の鞍馬の言葉を全て肯定して見せた。
対して鞍馬はそんな彼に苛ついたように、鋭く釘を刺す。
「……どっちでもいいけど、姉さんを悲しませるようなことはするなよ?」
その鞍馬の目は据わっていて、とても冗談で言っているようには見えない。しかし黒野さんはその鞍馬を見ておかしそうに笑いながら胸を張った。




