加羅里と黒野①
▽
鞍馬はその場で一度だけ深く深呼吸をしてから、目の前の男女のうちの女性のほうに視線を向ける。
「この人は草壁加羅里。年は少し離れているけど俺の姉さんなんだ」
「え……」
鞍馬の言葉に、俺は目をぱちぱちと瞬かせながら鞍馬と女性、二人の顔を見比べた。
男女の違いや多少の年の差はある。だけどよく見れば確かに、二人のしっかりした目鼻立ちの印象や纏う雰囲気はとても似通っていた。姉弟、と言われて違和感はない。
「今は東京の大学で医学の勉強をしてるから基本そっちで暮らしてるけど、たまにこうやって帰ってくるんだよ」
鞍馬の言葉に俺は呆然としながら聞き入る。既に思考はぐちゃぐちゃに絡まって上手く機能していない。しかしその頭で考えても、鞍馬の話はあり得なくはないと思えた。
俺は混乱した頭を抱えながら、女性の隣で腕組みをしながらにこやかに俺を見ている男性に視線を送る。女性が鞍馬の姉さんなのだとすれば、この人は……。
「こっちは黒野戒十っていって、姉さんの婚約者なんだ。東京の大きな総合病院で外科医をしてる」
鞍馬にそう紹介されると、男性は首を傾げて会釈をしてくれる。俺は慌てて彼に会釈を返したものの、すぐにまたその視線を自分の爪先に落とした。
これまでの自分の彼らに対する反応をかえりみて恥ずかしくなったのだ。知らなかったとはいえ鞍馬と女性――加羅里さんの仲すら疑った自分が滑稽でどうしようもない。鞍馬や加羅里さんは元より、彼女の婚約者であるという黒野さんも気を悪くしていないだろうか。
しかし、自己嫌悪と恥ずかしさに顔を上げられずにいた俺の頭上から、この場の雰囲気にはそぐわない気がする黒野さんの軽い調子の声が聞こえてきた。
「はは、耳まで真っ赤になっちゃって、可愛いなあ。キミ、名前は?」
「……は」
一瞬何を言われているのか解らず、肺から僅かに漏れた空気が間抜けな声を出した。それでもなるべく相手の意に沿おうとする俺の内心が反射的に彼の質問に答えを返す。
「その……彬、です……」
「なるほど、あきら君か。どういう字を書くのかな?」
「えぇと……」
しかし、その質問に答えようと恐る恐る視線を上げてみると、黒野さんはにこにこしながら俺の肩に手を乗せて自分の方へと引き寄せようとしてくるではないか。
「……え?」
驚いた俺は目を見開いて彼を見上げた。




