開けられた扉②
「鞍馬」
その時、急に鞍馬の名前を呼んだのは、今まで後ろから成り行きを見守っていた男性だった。さっきまではずっと現状を楽しんでいることを隠しもしないで俺たちを見ていた彼だったけれど、いつの間にかその表情は真面目なものに置き換わっていた。彼の声はそれほど迫力があるというわけではなかったが、鞍馬は弾かれたようにはっとしてすぐさま彼に視線を向ける。
「ちゃんと説明してあげなさい。……彼、不安がってるぞ」
男性は鞍馬に向かってたしなめるようにそう言ってから、ちらりと俺の方を見た。視線が合ってしまったことで俺は慌ててまだ目の端を濡らしている涙を隠そうと目を擦る。多分涙には気付かれてしまっていただろうけれど、彼は優しげににこりと微笑んでくれただけで、そのことに言及することはなかった。その表情にはどこか大人の余裕のようなものが感じられて、俺は少しだけどきりとする。
「やあ、全くあれは気が利かなくて申し訳ないね。ちゃんと言って聞かせておくから、許してやって貰えると嬉しいな」
「……え、と」
急に男性に話しかけられて、俺は戸惑いの声を上げてしまった。だが、無様におろおろとする俺の目の前に、鞍馬がすっと背中を見せて立ち塞がる。
「……鞍馬?」
「………………」
俺が不思議に思って鞍馬の横顔をのぞき見ると、彼はひどく警戒したような視線で男性を睨んでいた。その視線の険しさに、男性はおやおやというような生暖かい目つきで苦笑いをする。
一方で、俺は驚いていた。先ほどの女性に対してもそうだったが、鞍馬が彼らに対しては呆れや苛立ちといった類いの感情を隠しもせずに見せていたからだ。そのことに、俺はどこかもやもやとするものを感じてしまっていた。
そのもやもやの正体は多分、嫉妬なのだろうと思う。
鞍馬は俺にはとても優しい。だけど、その鞍馬の優しさの裏にはどこかよそよそしい遠慮が見えなくもなかった。その鞍馬がこの二人に対しては飾らない素の自分を見せているのだろうことが、俺にはどこか妬ましかった。
(俺は鞍馬の――なのに)
そこまで考えて、俺はふと表情を歪めた。
果たして俺は鞍馬の何なのだろう。
恋人だと放言したい気持ちもある。鞍馬は何度も俺に愛していると言ってくれた。だが、対外的に俺を恋人だと公言してくれたことは一度もないように感じた。俺が鞍馬の家に転がり込んだことは鞍馬が隠そうとしないから、もう村の人たちにもある程度知れ渡ったようだったけど、彼らには俺たちが恋仲であると思っているような素振りはなかった。
それに。
(鞍馬は、俺を抱いてくれない……)
やはり思考はそこに集約してしまう。
愛されている自信がない。俺は鞍馬の何なのだろう。
不安に駆られて、俺は思わず鞍馬の作業着の袖を引いていた。すると、何か思うところがあったのだろうか、鞍馬はちらりとこちらを見て少しだけバツが悪そうに唇の端を歪める。だが彼はすぐに俺の背中に優しく触れて、作ったような苦い微笑みを見せた。
「驚いたか? ごめんな……」
鞍馬はそう謝ってくれた。だけど、俺が求めてるのはそれじゃなくて……。
「……うん、大丈夫だから」
でも俺は曖昧な表情でそう答えてしまう。
だって、困らせるようなわがままを言えば、本当に鞍馬に嫌われてしまうかも知れない。俺はそれが怖かった。
その俺の答えに、鞍馬はすぐにほっとしたような表情をしてみせた。そしてゆっくりと言い聞かせるように低く落とした声で囁く。
「ちゃんと、話すから……」
「うん……」
俺はその言葉にただ頷くことしか出来なかった。




