望む愛のカタチ①
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「……彬」
思いのほか近くで、鞍馬が俺を呼ぶ声がした。
瞑っていた目をぱちぱちと幾度か瞬かせてからゆっくりと開くと、夢の世界の感覚は波が引くように現実味を失って消えてしまった。残ったのは横になったソファの柔らかさと胸に抱き込んでいたクッションの弾力だけで、俺は小さく瞠目する。
そうだ、俺は草壁家で家事をしながら鞍馬が仕事から帰ってくるのを待っていた。しかし慣れない家事の疲れからか、夕食をあらかた作り終えたところでソファでうたた寝をしてしまっていたのだ。
俺がゆっくりと寝ぼけまなこの視線を上げると、ソファの背もたれに手を掛けて鞍馬が俺の顔を覗き込んでいた。煌々と灯った蛍光灯の光を背にした逆光の彼は、そっと俺の頬に手を置く。暖かかった。
どうやら俺は鞍馬が帰ってきたのにも気付かずに寝こけていたらしい。
「……おかえり」
俺はそう言いながらその暖かい手に頬を擦りつけた。鞍馬も穏やかな表情で俺を見つめ返し、今度はくすぐるように俺の唇に指先を触れさせる。
「ただいま」
鞍馬は嬉しそうに目を細めて、ソファに横になったままの俺の唇に自分の唇を重ねた。
俺たちはあの日から数え切れないくらいのキスをしていた。鞍馬は俺の強張る気持ちも唇も丁寧に解してキスをしてくれた。そのせいもあって、彼とのキスはとても気持ちが良いのだ。
だけど俺が満足する前にその唇は離れていってしまう。強烈な口寂しさと不満が体の中で渦巻いた。
確かに鞍馬とのキスは気持ち良い。だけど、それに満足が出来ていたのは初めのうちだけだった。次第に俺はもっともっと深い結びつきを求めるようになっていたのだ。
有り体に言えば、俺は鞍馬に抱かれたかった。体の奥深くを彼によって曝かれたい。そんな欲望に取り憑かれていた。男に抱かれた経験などないのに、腹の奥底がじくじくと甘く疼き、蝕まれるような気すらした。
だけどあの日から半月、鞍馬は決してキス以上のことはしてこなかった。
そのことが、俺には寂しくてたまらなかった。
「……夕食、作っておいてくれたんだろ?」
鞍馬はそう言って俺の手を引く。俺はその手に助けられてソファから半身を起こすと、おずおずとキッチンに視線をやった。そこには確かに、俺が拙いながらも用意した料理が並べられている。
いつもならキスの物足りなさにもやもやしつつも、せっかく作った食事だから早く食べて欲しいという気持ちに押されて夕食になだれ込んでしまうのだけれど。何故か今日はそういった気持ちになれずに、ぼんやりとソファに座ってさっきまで鞍馬の唇が触れていた自分の唇に親指を這わせていた。
どうしてなんだろう。先ほど見た夢のせいだろうか。この半月の間、なるべく考えないようにしてきたことが、今日はやけに脳裏をよぎる。何故鞍馬は俺を抱こうとしないのか。愛しているといってくれるのに、どうして俺の望む愛を注いでくれないのだろうか。
もしかして、鞍馬は男の体を抱きたくないのだろうか。
あり得ない話ではない。キスは男としようが女としようが大差はない。だけど、男の体を抱くとなれば話は別だ。
ならば、俺はどうすれば……。




