第二話予告
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ガタン。
列車が大きく右に揺れた拍子に、ボックス席に座りながら眠っていた女性がふと目を覚ました。彼女はしばらく状況を掴めずにきょろきょろと辺りを見回していたが、すぐに自分が寄りかかっていたのが隣に座っている男性の肩だったと理解したのだろう。ぱっと身を立て直す。
「ごめん、寝ちゃってたみたい」
そう言ってその場で軽く伸びをする彼女。
「疲れてたんだろうな。無理もないよ」
男性はその様子を見て大きな黒縁眼鏡の奥の表情をふふと優しげに微笑ませると、眠っている間に張り付いてしまったらしい彼女の髪の房を頬から払いのけてやる。どうやら二人は親しい間柄のようだ。
『次は~B町~B町、終点です。どなたさまもお忘れ物なさいませんよう……』
同時に車掌の間延びしたアナウンスの声が耳を打った。それを聞いた女性はバネ仕掛けの人形のようにぴょんと立ち上がり、荷棚に上げてあった小ぶりのスーツケースを下ろそうと爪先立ちをする。続いて男性もそれを追いかけるように立ち上がって、後ろから女性の行動を補助した。
スーツケースを下ろし終えた二人は、そのまま近くの乗降口の前へ立って終着駅への到着を待つ。窓の外を流れる景色は典型的な片田舎。しかも夕暮れ時の薄暗さもあいまって、酷く寂しげに見えた。
列車の乗降口が開いて、暮れなずむB町の景色を見ながら車両からホームに降り立つ二人。春の誰そ彼の空気が冷たく頬を打った。手入れが行き届いていないのか、ホームの電灯の一つがちかちかと明滅しているのが鬱陶しい。
東京から新幹線と在来線を使用して約八時間。しかしようやく辿り着いたこのB町も、まだ二人の目的地ではない。ここからバスに乗り換えて一時間ほどの位置にある湖畔の村、A村が二人の最終的な目的地だ。
ホームの真ん中で手にしたスマートフォンの明るすぎる画面を目を細めて見つめる男性。女性はその隣から彼に視線を送って訊ねた。
「バスの時間は何分だったかしら」
「確か三十五分だよ。それが最終だけど、まだもう少しあるからゆっくり行こう」
「そうね……」
女性はそう言ってから、手にしたスーツケースを軽く揺すり上げた。そこには今回の旅の究極の目的とも言える「あるもの」が入っているのだ。
しかし、そのスーツケースを見下ろす彼女の顔はどこか浮かなかった。
「……これで、いいのよね」
「………………」
女性は隣に立つ男性にそっと訊ねた。
しかし彼はその問いに答えない。女性の問いかけに対する正確な答えを彼は持っていない。いい加減な答えを返すわけにはいかないと思ったのだ。それに、不安から思わず問いかけてしまったものの、女性も彼の答えそのものを期待していたわけではないだろう。
「……私ね、あの子には幸せになってもらいたいの」
女性は不安な気持ちを振り切るように首を振りぽつりと呟く。スーツケースの持ち手を握る手にぎゅっと力を込めてゆっくりと男性を振り返り、ふと緊張を緩めるようにふんわりと微笑んで見せた。
「さ、行きましょう……」
彼女の笑顔を見て、男性は目を伏せがちにしてゆっくりと息を吐く。ため息とも取れるその吐息。だが、彼はすぐに微笑んで女性の背に軽く触れた。
「……ああ、そうだね」




