夜明け
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早朝。台所からことことと、鍋の中で粥が煮える音がする。
それを聞いた俺は慌てて鍋に被せていた蓋を取ると、お玉で鍋の中の粥を底の方からゆっくりとかき混ぜた。適度なとろみのついた粥は非常に質素ではあるけれども、美味しそうだ。最後に潰した梅干しを入れれば特製の梅がゆのできあがり。
俺はそれをお碗に適量よそうと、食卓に畏まった様子で座る彬の目の前に木製の匙と一緒に置いて見せた。
「さ、食べてくれよ」
彬はそのほこほこと湯気を立てる粥をじっと見て少し迷っているようだった。だが、すぐに恐る恐る匙をとって少量を掬うと、ふーふーと吹いて冷ましてから一口、口に入れる。
彬が自ら食べ物を口にしてくれた、たったそれだけで歓声を上げたくなるのをぐっと我慢して、俺は彬の動向を見守った。
彬は口に入れた粥をもくもくと咀嚼してから、こくんと呑み込んだようだった。そして、何か言いたげに俺の方を見る。その目が薄らと涙で濡れていた。
「……美味しい」
彬は掠れた涙声でそう言うと、今度は匙一杯に粥を掬って口に運んだ。もうひと匙、もうひと匙と食べ進め、あっという間にお椀は空になる。
「ふふ、おかわりあるから、よそってくるな」
その食べっぷりに嬉しくなりながら、彬の前の空のお椀を持ち台所へと行こうとした時だった。くんと腕に伝わる軽い衝撃。彬がそっと俺の袖口を握って引き留めたのだ。
「……ん、どうした? もう腹いっぱいなのか?」
「い、いや……その……」
様子から察するに、もう満腹、というわけではないようだ。もう一杯食べる前に、俺に言いたいことがあるのかも知れない。俺は素直にお椀を食卓に戻すと、彬の目の前の席に腰を下ろした。
俺はそのままじっと彬を見つめる。その視線に、彬は眩しそうに目を眇め、下を向いてしまった。でもその頬は真っ赤に火照っている。嫌がっているわけじゃないだろう。
俺はいつまででも待つつもりだったけれど、彬は案外すぐに思い切ったようにこちらを上目遣いで見た。
「……その、俺……お前には俺のこと全部、知ってて欲しくて……」
「……ああ」
その緊張した面差しを見れば、彬が何か大切なことを言わんとしているのがなんとなく解った。だから俺は、ただ真っ直ぐ彬の瞳を見て頷く。
彬は落ち着こうとしたのだろう、肩で幾度か呼吸をしてから言葉を続けた。
「全部知ったら、お前は俺に幻滅するかも知れない。正直、怖い。……でも、全部、全部、聞いて欲しいんだ。俺の名前、出自、どうしてここにいるのか。全部を……」
俺は机の上で所在なげに組んだ彬の指先を、促すように自分の手で包み込む。その指先は緊張にひんやりとしていた。
「ああ、全部、聞かせてくれ……」
俺の言葉に、彬はぴくりと指先を震わせる。そしてそのまま大きく頷いた。
それから彬が語ったのは、彼自身にとっても自分の半生を紐解き整理するための言葉だったに違いない。ゆっくりと語られるそれは、おおむね俺の想像通りの、しかしそれ故に実に数奇と言うべき内容だった。




