出来うること全て①
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夜。深夜。草木も眠る丑三つ時。
いつもは気になどしない湖を吹き渡る風の音や台所で閉まりの悪い蛇口から一定期間ごとに滴る水滴の音がやけに耳に付いた。
電気が消されて真っ暗な居間の床に布団を敷いて横になっていた俺は、その姿勢とは裏腹に全く眠気など感じていなかった。横向きに寝たまま爛々と目を見開いてじっと背後の様子を探る俺はどこか捕食の瞬間を伺う肉食動物のようで、多分端から見たらとても偏執的で異様に見えただろう。
その背後、窓際のソファの上ですうすうと寝息をたてているのは、絶食による疲労に困憊して深く眠る彬。俺とは真逆、被食者の様相を呈する彼は、差し詰め群れからはぐれた草食動物だろうか。
そこまで考えて、俺はふふと小さく笑う。別に俺は彬を取って食おうと思っているわけではない。ただ、俺は自分に出来うること全てを尽くし、成すべき事を成すだけだ。
だから俺はゆっくりと寝ていた布団から上半身を起こして彬の側まで這うと、まずその寝顔を覗き込んだ。窓にはカーテンが引かれているが薄っぺらいそれは月の光すら満足に遮れず、彬の青白い頬がほんのりと照らされている。月明かりに煙る彼の容姿は相変わらず美しい。
「彬……」
俺はそっと名前を呼びながら、彼の頬をさらりと手で撫でた。月明かりを抱き込んで薄らと光る睫毛が細かく震え、ゆっくりと目蓋が上がる。
「ん……ぅ?」
何が起きたのか解らないというように彬の口から寝ぼけた疑問の声が上がった。その乾いた瞳はきょろきょろと辺りに視線を漂わせてから、ようやく気付いたように目の前の俺を見る。
「お前……なに……?」
途切れ途切れの言葉で戸惑いを口にした彬。俺はその彬を薄ら笑いで見下ろしながら、おもむろに窓の桟にまだ放置されていたスポーツドリンクのペットボトルを手に取る。そして一息に蓋を回して外し、見せつけるように中身を自分の口に含んだ。
「……!?」
その行動に彬が呆気にとられている隙に、俺は馬乗りになるように彬の体を跨ぐと、ペットボトルを持っていない方の手で彬の両手を纏めてソファに固定する。絶食していた彬は力が出ないのだろう、その拘束を振り払うことも出来ないようだった。
そして。
「んっ……!? んんぅっ!?」
くちゅりという水音と共に、彬の驚愕したような唸り声が唇から伝わってくる。俺は彬の唇に自分の唇を押しつけていたのだ。
「んうぅぅぅ……!」
彬はぎゅっと目を瞑って両手の拘束を解こうと身動ぎをするが、その手に力は殆ど入っていない。それをいいことに俺は彬の唇を食み、舌でこじ開けた。俺の口の中の温んだスポーツドリンクが、舌を伝って彬の口内へと滑り込んでいく。彬は拒むことも出来ずにそれを飲み下した。
俺は自分の口の中が空になるたびに片手に持ったペットボトルを呷り、彬の口に流し込む。彬はそれを拒もうと舌で俺の舌を柔く押し上げるが、口内の水分がぐちゅぐちゅと扇情的な音を立てるだけだった。




