三〇三会議室⑤
俺がこそっと表情を伺うと、彬は相変わらずぼんやりと前方を見つめたままだった。しかし、その瞳は惑うように僅かに揺れている。おやっさんの言葉が、彬の心を少しでも動かしたのだろうか。
その彬の様子を見た俺は、自分を奮い立たせるように大きく息を吸って、吐く。そして体の向きを調整して、また彬と視線を合わせた。彬は少しだけ驚いたように体を震わせる。でも視線は逸らされない。
そのことに小さな勇気を貰った気になって、俺は彬に向けてこんなことを言っていた。
「なあ、俺はおやっさんの言うような出来た人間じゃないし、出来ることも限られてるけどさ、それでも良ければ頼ってくれてもいいんだぞ」
俺の言葉に、彬の瞳の揺れが強くなる。迷っているのだろうか。
確かに、俺と彬はついさっきまでお互い全くの見ず知らずだった。それなのに急に頼ってもいいんだと言われても信用できないのかも知れない。でも、それでも俺は彬を助けたかった。
だから、俺は続けてこう提案したのだ。
「とりあえずさ、しばらくは俺の家に来ないか? 俺は一人暮らしだから気を遣うこともないしな」
その話に、彬は小さく目を眇めて見せた。はっきり言って、それが肯定の意味だとは微塵も思わなかった。
「な、決まり。いいよな?」
だけど俺は半ば無理矢理、そう言って押し通した。
程なくおやっさんたちが着替えて戻ってきた。彬を俺の家で預かりたいと話すと、思った通り近藤さんと力石さんにはこっぴどく反対された。彬とはまだ十分なコミュニケーションが取れたとは言い難い。また衝動的に自殺をしようとする可能性もあるのだから、駐在警察官である有原警部補に保護して貰う方が安全だというのだ。
だけどおやっさんはしばらく考えた後に、俺の提案を支持してくれた。
「確かに、警察に任せるのがスジではあるんだがなぁ。この若いのが草壁を気に入ってるってこともあるし、任せてみてもいいかも知れネェな」
「じゃあ……!」
一瞬、逸りかけた俺の言葉に、しかしおやっさんは目を細めて脅しかけるような低い声で釘を刺した。
「しかし、草壁。やるからには半端じゃならネェぞ?」
「っ……、おう」
俺はその言葉を重く受け止めた。勿論、半端にするつもりはなかった。だが、そう言われて改めて心身共に引き締める。
「それと、期限は三日だ。お誂え向きに、明日から役場は三連休だしなぁ。今の状態でお前一人に任せられるのはその三日だけだ。その間に若いのの心境に変化がなければ、後は警察に任せることだ」
「解った……」
確かに、仕事の間ずっと目を離しているわけにはいかない。妥当なところだろう。
彬は迷いながらも、まだ固く心を閉ざしている。そして俺にはその心を融かすための特別な秘策があるわけではない。三日というのは十分な日数とは言えないかもしれない。でもそれでも、俺は与えられた期間内、出来うること全てを尽くそうと思った。
彬はそう心に決めた俺のことを、やはりゆらゆらと惑う瞳で見つめていた。




