三〇三会議室③
案の定、彼は黙ったまま視線を逸らしてしまう。
(ああ、やっぱり駄目か……)
自信がないとは言ったものの、実際にその結果を突きつけられた俺は少しだけ落胆して肩を落とす。また別の糸口を見つけてこなくてはいけないなと思った。その時だった。
「あきら……」
「えっ?」
不意に上がったのは、うっかりしていれば聞き逃してしまいそうな小さな声。思わず顔を上げた俺の目の前で、男は頑なに視線を逸らしたままだ。しかし彼はすぐにこちらを一瞬だけ盗み見るようにしてから、表情を変えることもせずにその言葉を繰り返した。
「あきら、だ」
近藤さんと力石さんは口をあんぐりと開けて俺と男を見比べる。
今まで何も喋らなかったという彼が言葉を発したのだ。そのことに俺自身も驚きが隠せない。
だが、すぐにじわりと嬉しさが滲んだ。自然、口元が緩む。
「あきら……。あきら、か! どういう字書くんだ?」
俺は調子に乗って、作業着の胸ポケットに入れたままにしていた手帳とペンを差し出してみた。男は一瞬面倒くさそうな顔をするが、ゆっくりとペンを持ち手帳の端に文字を書く。こんな状況だというのに、小さく纏まった、丁寧な文字だった。
「『彬』……? これで、あきらって読むんだな?」
「………………」
俺の言葉に、男は何も言わなかった。しかし否定する意図は感じられない。ここは素直に受け取ってもいいのだろう。
しかし、彬――これからはこう呼ぶべきだろう――が素直に打ち明けてくれたのはここまでだった。その後、苗字や住所、家族、なぜこの村へ来たのか、なぜ死のうとしていたのか、などと色々問いかけてみたが明確な答えは得られなかった。
ただ、問いかけに対する僅かな反応から察するに、彬には身寄りも帰る場所もないのではないだろうか、という気がした。それはただの憶測だったが、全くの的外れとも思えなかった。
会議室に重苦しい沈黙が落ちる。痛いほどの静けさだ。
しかし、不意にそれを破ったのは耳をつんざくような大音声だった。




