Prologue こちらA村役場ゆうあい課
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ブーッ……ブーッ……。
ダッシュボードに置いた古風な二つ折り携帯電話がバイブの鈍い音をたてた。
あちこちがガタついた古いワゴン車。どてっ腹にはでかでかと「A村役場」の文字が踊っている。その運転席に座り、見るとはなしに窓の外を流れていく長閑で見慣れた田舎の景色を眺めながら運転していた俺は、その音に気付いてすぐに車を路肩に寄せて停車した。ダッシュボードから携帯電話を取り、通話ボタンを押して応答する。
「はい、こちらA村役場ゆうあい課、草壁です」
なるべく丁寧に名乗ったものの、電話の向こうから聞こえてきたのは柔和な老婆の声。聞き覚えのあるその声につられて俺はすぐに頬を緩め、口調もくだけた物に置き換える。
「ああ、和泉の婆ちゃんか。どうしたんだ? うん、うん、居間の蛍光灯が切れた? りょーかいりょーかい、もうじき暗くなるもんな。今から行くから、待っててくれるか? ああ、じゃあな、またあとで!」
調子よく相手から話を聞き出した俺はにこやかに言ってから通話を終了すると、慣れた手つきで車をUターンさせて今来た道を戻り始める。
先ほどまでは背にしていた西日が正面から降り注いだ。まぶしさに目を眇めて、車載のサンバイザーを下げてみる。気休め程度かも知れないが、ないよりはいいだろう。
フロントガラスの向こうには、このA村のシンボルでもある雄大なA湖が西日を受けてきらきらと湖面を波立たせていた。
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まずは自己紹介からしておこう。
俺の名前は草壁鞍馬。二十三歳。県下随一の貯水量を誇るA湖の湖畔に細々と息づくこの小さなA村で生まれ育った。
一度は村を出て東京の大学に通ったが、卒業後はこのA村の役場に入職した。いわゆる地方公務員だ。まだ二年目だが、地元生まれ地元育ちの利点で特に役場を利用する昔なじみの年寄りたちには可愛がって貰っている。
まあでも、俺のアドバンテージなんてそんなもので、まだまだ勤続ン十年の猛者である役場のヌシ、神津のおやっさんと対等に仕事を出来るほどの知識も経験もない。
だから俺は今、通常業務と並んで「ゆうあい課」も兼任している。「ゆうあい課」とは村の人々に役場を身近に感じて貰うために作られた課だ。生活上の色々な困り事を友達にするように気軽に相談してもらい、課員の力で解決できることは解決してくる。主な仕事は年寄りにはつらい力仕事や高所作業。つまり、村の「何でも屋」だ。
別にそれが不満というわけじゃない。村の人たちの役に立つ人間になるのは俺の目標でもあったし、解決した時に純粋に喜んでくれる村の人たちの顔を見るのは嬉しくもある。
でも不意に不安になることがあるんだ。
俺は本当に人の役に立てているんだろうか。
俺は必要とされているだろうか。
俺の居場所はここにあるだろうか。
それが、俺にはわからない。