07. 呪われてますね?
その後、毒事件は無事に解決を見た。
エフェがさくっと犯人を特定したのだ。
何でもエフェは、高度な風魔法により、微細な空気の振動や温度変化から心拍数や発汗などを感知でき、動揺や緊張が手に取るように把握できるそうで、目の前にいる人が嘘をついているか、隠し事をしているか、といったことの炙り出しなぞ、楽勝なのだそうだ。
隠している内容までは把握できないそうだが、エフェの風魔法、恐るべしである。
ルコルが闇属性を隠していることも、瞬殺だったことだろう。
一向に明言はしてこないので、ずっと生殺しのままではあるのだが。
犯人はご家族の一人だったらしいが、ルコルは詳細はあえて聞かなかった。
きっと、聞いても気分のいいものじゃないだろうから。
それに、こういったことには、できる限り関わりたくない。
ルコルの希望としては、あとは静かに『お祈り風』で済むくらいの細やかなものだけでやり過ごしたいところだった。
だが、もちろんそんなワケにはいかない。
「ルコルさん、お出かけしますよ」
エフェがふらりとルコルを誘いにやって来る。
最近のルコルは、エフェ同行のもと外出が許されており、お散歩に出たり、町で食べ歩きしてみたりなんていうことも出来るようになっていた。
田舎暮らしが長いルコルにとって、王都は見たことのない景色ばかりで新鮮だった。ただ果物が並んでいるだけのお店だって何だか可愛らしく思え、眺めているだけでも十分に楽しめる。
(今日はどこに行くのかな?)
食べ歩きに行った市場とは違う方向に進んでいくエフェに、初めて行く場所だろうと察したルコルは期待に心を弾ませていたのだが、着いた場所は、どこぞの貴族のお屋敷だった。
「そちらが聖女さまですか!?」
(ああ、そっちでしたかぁ…。)
エセ聖女活動を悟ったルコルは、がっくりと肩を落とし、項垂れる。
そんなルコルを励ますかのように、軽く肩をポンポンと叩きながら、エフェは執事さんであろう男性に答える。
「いえ、彼女は聖女ではないんです。
でも、もしかしたらお役に立てるかもしれないと思い、お話を伺いに参りました」
今回も、エフェはちゃんと『ルコルは聖女ではない』と明言する。
『聖女じゃないけど聖女っぽいことができる人間』というのも何だか胡散臭いとルコルは思うので、有難いんだか有難くないだかビミョーに感じていたりするのは、一応黙っておいた。
「一月ほど前、主人の体に奇妙な痣が現れました。
痛みはないそうですが、それ以降、就寝中うなされるようになったのです。
痣の範囲もじわじわと広がって来ているようですし、
良くないものだろうと感じていまして…。」
「なるほど…。」
聞いた段階で既に嫌なカンジはしていたが、ご主人の部屋に入るなり、またしてもルコルは気づいてしまった。
(…呪いの気配を…感じる……)
呪いと毒、精神作用の魔法である闇魔法。
その中でも最高峰の魔力を誇るルコルは、もちろん呪いの気配にも敏感だった。
間違いなくご主人は、呪いをかけられている。
闇の魔力を感じないので、呪詛魔法は使われていない。
呪詛魔法だったら魔法を打ち消せば済んだのだが、残念ながらアナログな方法でかけられた呪いのようだった。
アナログな呪いは、恨みを込めて念じればかかるなんてことは決してない。
念じるだけでかけられるなら、それはもう魔法である。闇魔法である。
呪詛魔法でない以上は何かを媒介しているはずで、呪物…要するに呪いの人形のようなものが存在しているはず。
だがルコルは、呪詛魔法は扱えるが、呪いの知識は殆ど持ち合わせておらず、呪物も何も見当がつかなかった。
途方に暮れかけたルコルに、すかさずエフェが声をかける。
「ルコルさん、何か気づかれたんですね?
我々の会話は聞こえないようにしてありますので、どうぞ仰ってください。」
さすがの仕事の速さで、さくっとエフェが防音措置を施したらしいので、ルコルも心おきなく本題に入る。
「あの… ご主人、呪いをかけられてるみたいです。」
「呪い…ですか…」
「呪物が使われてるとは思うんですけど、正直、知識がなくて…
呪物を探し出して壊せば、ご主人の呪いは解けるんじゃないかと…」
「なるほど…」
厄介なのは、呪いをかけたい相手の髪の毛なりを一度得てしまえば、その後はもうターゲットに近づかなくても、呪物さえあれば呪いがかけ続けられるということ。
接触がないということは、毒のときのように、エフェに怪しい人を炙り出してもらうことができないのだから、簡単には犯人を特定できないように思える。
顎に手を当てて考えるような仕草をしていたエフェが、ふと、
「呪物とターゲットは、物理的に離れていても問題ないものですか?」
と、ルコルに尋ねる。
「たぶん…」
呪物を扱ったことなどないルコルには確信があるわけでもないし、どういう原理で呪いがかかるのかもさっぱりわからず、曖昧にしか答えられない。
「魔法でもないのに、離れているターゲットに効果だけ与えることができると。」
「たぶん…。 すみません理屈はわかりません…」
「ああ、いえ、大丈夫です。
離れた場所にも伝わるということは、空気を媒介しているなと思いまして。」
「くうき」
ぽかんとするルコルに、にこりと微笑みかけたエフェは、
「少し時間はかかりそうですが、何とかなるかもしれません。
あとは私にお任せください。」
と言うと、執事さんと何やら話し始める。
(今回は、わたし役に立たなかったなあ…)
エフェが「任せろ」と言うのであれば、きっと何とかなるのだろう。
そう思ったルコルは、聖女面してしゃしゃり出たりすることなく、エフェの話が終わるのをただ静かに待っていた。
ルコルはこのとき、前回の解毒の経験から解呪のことしか頭になかったのだが、エフェが真っ先に考えたのは呪詛返しだった。
でもエフェは、「自分が呪われたとしたらどう相対するか」という観点で対策を練り自らが動くことを選択しており、ルコルにそれを強いることはなかった。