06. 毒ですね?
ご主人は、ベッドに横たわっていた。
意識はあるようだが、瞼は重く、口を開く気力もないようだった。
ルコルは、部屋に入るなり気づいた。
(…毒の気配を感じる……)
呪いと毒、精神作用の魔法である闇魔法。
その中でも最高峰の魔力を誇るルコルは、毒の気配に敏感だった。
おそらくご主人は、毒を摂取させられている。
注射だったら医師が診察したときに気づいてそうなので、飲食物に含まれていたはずだ。
闇の魔力を感じないので、毒魔法は使われていない。
毒魔法だったら、魔法を打ち消せばいいので、ルコルの手にかかれば瞬殺だったのだが、残念ながら今回はそうはいかない。
物理的な毒は、魔法を打ち消すほど簡単な話ではない。
せめて種類がわかれば何とかできるかもしれないが、ルコルは毒魔法は扱えても、毒の知識は殆ど持ち合わせておらず、種類も何も見当がつかなかった。
…というか、『解毒してオワリ。』とかいう単純なお話じゃない気がする。
ご主人が自分で毒を飲んだわけじゃないとして、誰が飲ませたのか。
例えば、この執事が飲ませたんだとしたら、もし解毒できたとして、また毒を飲まされるだけではないのか。
(…え、事件の解決からしないといけない…?)
ルコルがちょっと途方に暮れかけたとき、エフェが声をかけてきた。
「ルコルさん、いま、風魔法で空気の振動を遮断していますので、
我々の会話は他の方には聞こえていません。
何か気づいたことがあれば、遠慮せずおっしゃってください。」
さすが王宮筆頭魔導士。
単に魔法の威力が強いとかいうだけでなく、知性派でもあるらしい。
話の内容が難しい。
「あの… ご主人、毒にやられてるみたいです。」
「毒、ですか」
「はい。誰が毒を飲ませたのかわからないと、また毒を飲まされるだけで、
解毒する意味がないんじゃないかと思って…」
「なるほど…。解毒はできそうですか?」
「うーん…。」
事件性の部分は一旦置いておくとして、ルコルは解毒方法を考えてみる。
物理的な毒の消し方と言えば、一般的なのは解毒剤である。
要するに、その毒に対する抗体の摂取。だから、毒の種類を特定する必要がある。
もうひとつは、『毒を以て毒を制す』方法。
他の毒を用いて解毒するという手法。
いま ご主人の体を蝕んでいる毒の作用を打ち消せるような、別の毒が存在するのであれば、抗体がなくても解毒はできるということ。
ルコルにできるとしたら後者になる。
(…どうせ何もしなくてもご主人の体は蝕まれていくだけなんだから、
人体実験ぽくなっちゃうのは心苦しいけど、やるだけやってみよう…)
ルコルは、覚悟をもって顔を上げた。
「できるとは言いきれませんが、やってみます。
だから、解毒後にまたご主人が毒を飲まされることがないようには、
エフェさんの方で何とかできませんか?」
もし解毒できてしまったら、ルコルが役に立つことを証明する形になり、聖女もどきからの脱却は より一層困難になるだろう。
でも、目の前で殺されかけているご主人をこのまま見殺しにしてしまったら、きっと一生、ルコルは自責の念に苛まれる。
我が身可愛さに、他の人を蔑ろにするような考え方は、ルコルにはできないのだから。
ルコルの覚悟を目にしたエフェは、にっこり笑って頷いた。
「お任せください。継続的に毒を摂取させているのなら、
お屋敷内の人間の関与は間違いないでしょう。
ある程度絞り込めていれば、私には容易いことです。」
何だかちょっと黒さを滲ませていた気がしないでもないが、王宮筆頭魔導士サマがクリーンなお人ではないことは既に知っているので、ルコルはそこには目をつぶって、解毒に集中することにする。
(手荒い方法にはなるけど、やるからには全力でやろう。)
ルコルは、とにかく次々と様々な毒魔法をかけて、体内の毒の作用を打ち消せるものがないか、しらみつぶしに探していく。
毒魔法なら、魔法を解除すれば、効果は瞬時に消える。
「これは違う」と判断できた毒魔法は間をおかずに解除していくことで、ご主人の体への影響を極力小さくするように努めつつ、ルコルは魔法をかけ続けた。
診察した複数の医師が見落としたということは、きっとほとんど認知されていないような珍しい毒なのだろう。
その毒の作用を打ち消せるような毒が、ルコルが扱える毒魔法の中に存在するかどうかは、もう賭けだった。
いくつか毒魔法をかけたとき、ルコルは、ぱちんと泡がはじけるような感覚を覚えた。そして、ルコルが部屋に入ったときから感じていた毒の気配が、急速に消えていくのを感じた。
毒の気配が完全に消滅したのを受け、ルコルはご主人にかけた毒魔法を解除する。
ご主人からは、もう、毒の気配は何も感じなかった。
(ちゃんと毒が消えてる……)
ほっとした途端、ルコルの体から力が抜けた。
へたり込みそうになったところで、エフェが腕を取って支えてくれる。
「ルコルさん、無事終わったようですね。お疲れ様です。
素晴らしい働きでした。お力添えありがとうございました。」
エフェは、立つのがやっとのルコルをしっかりと支えながら、ふわりと微笑む。
その穏やかな笑みには、闇属性への畏怖も嫌悪も一切感じられず、エフェはルコルを純粋に労わっているのだと感じ取ることができた。
(わたしの闇魔法も、役に立つことがあるんだ……)
ルコルはやっと、無事解毒できたことを実感しはじめると同時に、
ルコルが闇属性だということに気づいているはずのエフェが、迫害する気配も見せず、ルコルの働きを認め称えてくれたという事実に、ほんわりと心が温かくなっていくのを感じていた。