03. 禁忌の魔力
この世界には、魔力は六属性ある。
火・水・風・土 そして、聖と闇。
聖魔法は、癒しと浄化を司る、奇跡の魔法。
その聖魔法を行使できる女性は『聖女』と呼ばれ、世界中から敬われている。
この国では、国民は全員 六歳になった年に、神殿に赴き『聖判定』を受ける義務がある。聖魔法にのみ反応するという『神聖石』に触れることで、聖魔法を有しているかどうかを確認するのだ。
石が反応した場合、神殿から『聖人』『聖女』と認定される。
そして、その神聖性・希少性から、国から手厚く保護されるのである。
聖魔法の保有者は数十年に一人しか確認されず、九割九分女性であるため、聖魔法といえば『聖女』と言ってほぼ間違いない。
そして、いま現在、この国には聖人・聖女は存在しておらず、世界を見回しても片手で足りるほどしか確認されていない。そのくらい奇跡的な確率なのだ。
ルコルも聖判定は受けており、非適合の判定を受けている。
事実ルコルは、聖魔法を有してはいない。
聖女の存在は神の奇跡。
そんな聖女を詐称することは、神への冒涜と同義であり、大罪とされているのだから、もちろんルコルも偽るつもりなど微塵もない。
だが。
そうすると、ルコルの魔力属性は、著しく絞り込まれてしまう。
「私には、あなたの魔力属性がわからない。
つまり、あなたの魔力は私が持たない属性であり、しかも、私を上回る。」
「……あの、ひ、火魔法が」
「火魔法が使えるのは既に聞いていますし、わかります。」
『わかる』。
それが意味するところは、エフェは、ルコルの火属性の魔力を認識できているということ。
ルコルの火属性の魔力は、エフェの魔力に及ばないということ―――――。
(詰んだ………。)
ルコルの体から、力が抜け落ちていく。
へたり込んでしまいそうになるのを辛うじて留めているだけで、目の前はぐらぐらと尋常じゃないくらいに揺れていて、きちんと像を結ぶことができない。
ルコルは魔法を、人前では決して使わないようにしてきた。
片田舎の平民で、魔法の知識なんて全くなくても、その魔力を有するということの危うさは、魂に刻み込まれているかのように重々承知していたからだ。
その魔力が…ルコルが火属性の他にもう一つ持っている魔力が、聖属性であったなら、どんなに素晴らしいことだっただろう。
でも、ルコルの持つ魔力は、聖魔法とは対極にある禁忌のもの。
呪いと毒、精神作用をもたらす、闇魔法―――――。
ルコルにも、闇魔法の危険性は理解できていた。
精神作用とは、洗脳や魅了が行えるということ。
思いのままに、他人の心を操ることができてしまうということ。
それ故に禁忌とされており、聖判定の際に、司祭によって闇魔法の有無も調べられるのだ。
神聖石のような、『闇魔法にだけ反応する石』は存在していないため、闇属性の判定は、神殿の司祭の力量に委ねられている。
ルコルは、司祭がどのように闇属性を判定しているのかわかっていなかったのだが、他者を圧倒する魔力によって、格下の者の属性を感知していたのだろう。
その原理から言えば、神聖石がなくても聖属性の判定も可能なはずだが、そこは聖女の誕生をわかりやすく示すための一種のパフォーマンスに思える。
司祭とは、もちろん相当な実力の持ち主であり、王宮魔導士に匹敵するくらいの能力を誇っている。六歳の子供に敵わないケースなど基本ない。
そもそも闇属性は、聖属性と同じくらいに絶対数が少なく、数十年に一人見つかるか否か。見つかったとして、その力が大きなものである確率など、殆どゼロに等しい。
その奇跡的な確率でしか出会わない闇属性が、もし万が一、司祭が取りこぼすほどの魔力の持ち主だったと言うのなら、太刀打ちができる人間自体が存在しないということに他ならない。
それはもう魔王でも出現したと思って、同じ時代に生まれた不運を嘆くしかない、という思い切った方針の下、今日まで判定が行われてきていた。
そしてルコルは、その判定を潜り抜けた。
ルコルが精神操作を行ったわけではない。
司祭には、ルコルの魔力を判別できなかったのだ。
神殿の方針から導き出すのなら、『ほぼ魔王』である。
ルコルの持つ闇属性の魔力は魔王クラスのものであったが、あわせ持っている火属性の魔力もまた、エフェには僅かに及ばないまでもトップクラスのものだった。
だから、聖判定の担当司祭(水属性)は、『ルコルは何か大きな魔力を持っている』としかわからず、魔法を披露させて確認した結果から、火属性だと判定したのである。
複数属性保有している可能性を考えなかったのは司祭の落ち度と言えるし、
全属性の司祭をラインナップさせていれば炙り出すことも可能ではあったが、
火属性の司祭自体がレアなことに加え、神殿の方針で言うところの『嘆くしかない不運』に該当するのだから、諦めていい事案と言える。
(わたし、処刑とかされるのかな…)
恐怖なのか絶望なのか、ルコルはほとんど何も考えることはできなかったが、
かすむ視界の端で、何故だかエフェが、楽しそうに笑っていたような気がした。