02. 聖女ではございません
あの後、王子は適切な処置を受け、事なきを得たという。
出血量が多く、傷も完全には塞がっていないため、まだ安静にしていなければならないが、意識ははっきりしているという。
王子は、王宮で語ったのだそうだ。
「森で聖女に会った」と。
「崖から転落し傷を負った私に、止血をしようとしてくれた女性がいたのだが、
痛みのあまり のたうちまわってしまった。
だが、彼女が傷に触れた瞬間、まるで奇跡のように痛みが和らいだのだ」と。
その女性のことを聖女だと信じている王子は、「自分が聖女を迎えに行く」と言い張ったらしいが、当面は静養に専念して貰わなければならず、外出許可が下りなかった。
しかし、もし本当に聖女なのだとしたら、神聖かつ貴重な存在。
一刻も早く国で保護しなければならない。
そのため、聖女かどうかの見極めも兼ねて、魔法のスペシャリストにしてエキスパートである王宮魔導士が、王子の代理で遣わされて来たのだという。
王宮魔導士の証である紫色のローブを纏った、細身で長身、黒髪に黒眼のその青年は、「エフェ」と名乗った。
(しまったぁ… 王子様、しっかり意識あったのかぁ…)
ルコルは自分の迂闊さを心の中で嘆きつつも、顔には出さないように必死に平静を保ち、口を開いた。
「わたしは聖魔法を使えません。『聖判定』でも非適合になっています。」
聖判定とは、聖属性の魔力を持つか否かの判定を行う神殿の儀式。
ルコルが聖判定を受けた神殿には、そのときの記録が残されているはずだ。
「たしかに記録上、ルコルさんには聖魔法は確認されていませんでした。」
エフェは、あらかじめ神殿に確認をとってから ここに来たらしい。
話が早くて助かる。
「ところで、あなたには魔力がありますよね?
聖判定のとき、何か魔法を披露するよう言われたと思うのですが。」
「あ、はい。火魔法を…」
火属性は、火・水・風・土の四大属性の中では極端に人数が少なく、火属性の司祭は希少な存在なんだそうで、ルコルの火魔法を見た司祭から神殿にスカウトされてしまい、懸命に断ったっけ。
そんなことを思い返しながら、特に構えることなくエフェの問いに答えたのだが、
「そう言えば、王子の傷口を焼いた跡がありましたね」
と、エフェは何やら思案している。
その様子を見て、ルコルは身を固くした。
王子に魔法をかけるなんて、しかも傷口の処置のためとはいえ火を放つなんて、 もしかして罪に問われるのではないかと思い至ったのだ。
「も、もも申し訳ありません…っ 止血しようとしただけなんです。
王子様に危害を加えようなどという意図は決してなかったんです…っ」
動揺を隠しきれず、謝り倒すことしかできないルコルに、エフェは、
「ああ、応急処置のことはお気になさらず。適切な処置に感謝いたします。」
と、軽く頭を下げたので、ルコルは胸を撫でおろした。
だがエフェは、じーっと観察するような目をルコルに送り続けている。
王宮魔導士なんて、国内随一の能力を誇示しているようなもの。
そんな有能な人に何やら探られているという、この状況。
正直ルコルは、嫌な予感しかしなかった。
「ねえルコルさん。私、わからないことがあるんですよ」
穏やかな笑みを纏ってはいるが、その目には感情を浮かべておらず、底知れぬ恐怖しか感じない。
(『なにがですか』とか聞くことすら、墓穴に繋がる気がする…)
ルコルは不用意な発言をしてしまわないように、口を噤んで縮こまっていた。
「こう見えて私、優秀でしてね。
通常は一属性の魔法しか操れませんが、三属性の魔法を操れるんです。
その全てがトップクラスなんです。
そんな私が、あなたの魔力属性がわからないんですよね。」
「…はあ………」
ただの田舎の平民のルコルに、魔法の『いろは』はわからない。
でも、相手の魔力属性は言われなくてもわかる。
昔からルコルは、何をせずとも、何故か自然に感知できていたのだ。
確かにエフェの魔力は、水・風・土の三属性だった。
そして、ルコルが複数属性を有している人に出会ったのは、今回のエフェが初めてなので、『通常一属性しか操れない』という話も、そうなんだろうなと思えた。
「ルコルさんはご存じなさそうですが、魔力は、
同じ属性同士であれば、ほぼ無条件で認識することができますが、
異なる属性は基本的には認識できません。
感知能力に長けている者には認識できなくはありませんが、
自分より魔力が低い相手に限られるんです。」
思ってもみなかったエフェの言葉に、ルコルは僅かに動揺した。
(魔力にそんな性質があるなんて…)
ルコルが他人の魔力属性を自然と感知できていたのは、その性質のため。
つまり、ルコルの魔力は相当高いということだろう。
…目の前の、この王宮魔導士よりも。
静かに、でも真っ直ぐに、ルコルを見つめるエフェ。
その目からは、感情は一切うかがい知れないが、隙のない目つきからは、経験値の高さが感じ取れた。
冷や汗が背中を伝っていき、身震いしそうになる体を、ルコルは必死に抑える。
今の会話の中で、ルコルは気づいてしまったのだ。
その魔力の性質と、既に判明している事実から、消去法が成り立ってしまうということに。
ルコルが隠し通していた秘密が暴かれようとしている、
悪夢のような現実に―――――。