00. プロローグ
ルコルは今、絶体絶命の大ピンチに陥っている。
目の前には、紫色のローブを纏った、黒髪黒目の魔導士。
紫のローブは、王宮魔導士の証である。
(権力アピールなのかな…)
一応ルコルでも、王宮魔導士が国内トップクラスの力を持つことくらいは知っている。でも、ド田舎の平民にとっては、正直その権力もピンとこない。
きっとルコルが相手では何の手応えも得られないだろうことを、何となく申し訳なく思った。
この魔導士、エフェと名乗っていた。
どことなく気が抜けたような名前なのに、食わせ者な雰囲気が漂っていて、そのギャップがいっそ不気味ですらある。
エフェは、無駄に優雅な身のこなしで静かにルコルを見据えながら、ありえない提案をする。
「いま我が国に聖女はいません。
あなたが有しているものが聖魔法なのかどうか判別できる人間もいない。
なら、あなたが聖女を名乗っても、誰にも否定できないと思いません?」
聖女詐称。
それは、神聖なる存在への冒涜であり、大罪である。
でも、ルコルには、その大罪を犯した方がマシかもしれない、決して人に明かすことのできない事情があり、明言こそしていないが、エフェはそれに気づいている。
絶対に気づいているから、こんな言い回しをしてきているのだ。
(どう転んでも、破滅しかない…)
人目を忍び、一人密やかに暮らしてきた静かな日常が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを、ルコルは感じていた。