非凡使いは変なものを好む
「もしエーテルの素質をもつ職人がいて、平凡の絵や形像に意識的・無意識的に自分のエーテルのことを含めても……結局術から離れてその身と心から離れるとあるべき姿の平凡の物質に戻るのが同然」
「そうだな」
「ただ平凡の物質のカタチだとしても、もしその内容が『非凡のものの出来事』だった場合は……元々平凡の人間には理解ができないからまた論外」
「価値を認められてないね。だからぜににならないから作らない」
「でも、それが『今の社会で許容できない平凡の出来事に関した内容』なら問題化されるからな」
エメラルドは頷く。
「うむ、注意しますよ。でもじぶん、そういうの上手い方だと思うので」
「そうか、風属性だもんな」
「そういうことだ。エーテルが軽くて素早い。周りのものを見て適切に合わせるのが上手。具現するカタチは違うとしても、それはアリアの魔術師とも同じだから」
「私の方が学ぶべきだったな」
そう言って、ルビーはパンをちょっと食べた。
エメラルドが人差し指をあげて言った。
「クロマ・デュラの話をもっと続くと、その『論外』にされるものも、該当するエーテルの扱いができる人には凄いもの、綺麗で霊性を感じるものになるのだ」
「ふむ。だから自分のエーテルの色が見えるようなものだと言ってクロマ」
「そうね。人間も機械人形もドラゴンも修羅・羅刹も自分の特技をお披露目する時は派手なグラフィックエフェクトが付くからな。それをもっと連想できるものだと言って、実は普通の価値を認められるものよりも、その『うわ、凄い!』にさせるものはもっと固有で……」
「希少だな」
「そう。そして個人の能力に不可逆な影響を与える面では、じぶんたちのコアの作り、ドラゴンがトカゲの頃の食生活、ひよこの刻印効果、そして人間の生まれと教育の環境などとも同じ。
でも同じ人間なのに非凡使いは少し違う。本当に尖った美を感じてしまうと大人になってもぐんと変わるのだから」
「そりゃあ、平凡の人間も同じだ」
アルベルトが言った。
「あるけど、ほぼない。そしてあまり変わってもなくて、食べて寝て起きると忘れてしまう。
でもエーテルのことはそうできない。難しい。見て、わかっちゃうと、それを知らない時には戻れない。エーテルは自分と周りの話だからだ」
「そうではあるな」
「オーディナリーの社会なら『でもそれがなんになるか?妄想だ』で終わるけど、本当にエーテルの能力は使い次第では怪力乱神のチカラを出すことができて、その過程世界は自分の核、そして周りの世界全体だけがあるからだ。自己中心で、端的に幼稚だ。汎用性が欠けているとして、術に精一杯チカラを使うのが面白い」
「それを頑張ってコントロールして下げようとするのが魔術ギルドだとも言える」
ルビーが言った。
「そう。それを認めて、でもそれは同時に芸術の自由さとそのそれぞれのエーテルの掛け算のようなものではない、統制された範囲の中のイマジナリアだ。じぶんはその固有さ。自分勝手だからこそ『同じ属性の非凡使いが作り上げた』ことすらも気にしない整頓されてない彩りが美しいと思うんだ」
「色が適切で多いと美しいよな」
「そう。もちろんじぶんもこのような話は職場とかでは絶対しない。する気もなくて必要もなくて自分自身のロックのようなものをかけている。ちゃんと聖堂が好む絵を、クライアントの顔を似せて作り出すよ。
みんなが家族だから言えることだけど……
まあ、とりあえずじぶんは美術はそうあるべきものだと思って、これからもその気持ちは持っていくつもりです」
「マギアには絶対ならない性格だな、と改めて思った。魔術は自分の価値判断の本音は隠せないからな」
「そうだね」
エメラルドは素直に同意した。別にこう話したとしてアルベルト・レグノの後継機の仲が悪くなったりはしないし、彼女たちは共有する記録に保たれている楽観性を持つから、より視野が広いものである。
「まあ、もちろんその企画された構造の中で組織生活だということで、マギアも基本的には普通の人からは離れてるから。その『フラマが好むような美術品』とかは需要があるとも思うね」
「うん、もちろんそういうのは商売になる話だから、じぶんも大歓迎だ。先も銭にならないから作らないとか言ったけれど、そういう固有性とも同時に、売られなくて流行らなくて伝わらなくて移る、写ることができない妄想だって、可哀想だから。
もし『別に悪いものでもない、ただの変なものであり、いいクロマ・デュラ』があったら、そういったもんを望む人が買って貰えるようになったら、それ以上のことはない」
「それは商売のことか?もともと芸術は偉いさんのものだ。そして聖堂の権威を見せるために飾られるものだ。民衆は自分のものが持てれないものだ」
「だからレグノの旦那、そういう観点は、ただ今の人間の視点だというの。
じぶんたちは何千年も忍んで暮らせる機械人形だ。じぶんは、ただ命が生きて去るまでの色々が、もっと望むものに望まれるものが行けるのが」
「うむ」
「そういうのが素敵だと思う。そう言った世界になったら、それは凄く見たい光景だ」
もちろん今の世界も完璧にそうではありません。でも踊狂う桜の嵐の話を色々検索してグーグルできちゃうのを見て、確かに多様になってるとは思ってます。




