知る事しか書けない
そして完全なる夜になった。
そして、わたしは桜のドルイドであり、いつか必ずや「森の姫様」になる、今は「座標の衛星」という役目を持っているステラ・ロサ。
天才である。
わたしはもちろん平凡だ。いや、非凡の娘だけど、ぜんぜん平凡の体ではないけれど、ふつうだった。天才少年でもなくて、「「兵士の国」の、自分の死の後も術が使える呪術師」でもないのだ。ただ、適切なものを当てて覚えるのは、幼い頃から死ぬまで、そしてその後の今も健在で。
「手動き」で文字が書けるのである。
まあ、減るほど(減ると困るけど)練習した基本の「人差し指と中指の」エーテル操作は、今は「深紅の悪魔の記憶」の、その子のデカい手が動くより、ぜんぜん鮮明で精密に、上手く文様が描ける。人の指だから。人の子の子の指だから。
描けるなら、書くこともできる。
「ふむ、なるほど」
「聞くには、文を書くことにはインクと紙が必要で、鳥の羽を引いて道具を作ろといいます」
少年が熱心にオタク話を咲けたのは、その結果物である。
「「兵士の国」とだいぶ違うな」
「そこはどうなんです」
「「型物理性」にそんなに鮮明に残ってないが、「ねんどに枝で書く」感じだ」
ふん、なるほど。ねんどは脆いから、枝で何かの文様を残すのは容易い。
「でも、それじゃ雨降ったらお終いじゃあないですか」
「うむ、だからそのねんどの板を焼くのだ。たぶんそうだった」
「なんか普通だな」
「人の子の平凡の社会はいつも普通だ」
「非凡の方がよっぽど疲れますね」
「そう」
非凡はそれぞれが属性も違って、自分の「物語性」に合わない何かを利用するとするか、行おうとすると、ひどいデメリットを負うのに、平凡の技術は、材料はあって、職人が随分と育たれると、国中に歴史とともにその利便なものが維持できるのだ。
「樵の焚き物」みたいに。偉大なのだ。
ひどいデメリットが普通の社会にないわけではないけれど。
平凡のものも、もちろん「こいつ悪魔だな」みたいになると、衛兵や偉い人によって、即さよならバイバイだになるけれど、でも、刑の掟とかもある。でも、非凡は「そのつもりは~~~ありませんでした~~!!!」になっても、もう遅いのだ。
コアが割れるとか、散るとか、属性が汚すとか、物語性が変になるとか。
自分の内側からその自分なりの「型物理性」を汚した反動が来るから、逃げることが非常に難しいだろう。
そして、わたしはその非常に難しいだろうから逃亡しようとする娘の一人である。
「わたしの、「深紅の悪魔の神様捏造」は、どんな罪なのかな」
「わたくしは、ただそいつらが生きていた星なだけなんだ…」
実は、わたしは自分がそんなに「捏造」をしてる自覚がない。当時はノリで本当にそんな感覚だった。
だって、神様の方がよりカッコよくて、わたしの意欲も上がるのだ。そして「記憶」を色々持って、「あ、ちょっと違うか」になって、遅く「捏造」になったけれど、もう決めている。
「まあ、ふつうに、生きている土地そのものも、神聖もってると思うけど。わたしは」
「それは「ドルイド」の影響かな」
「そうかも知れません」
ドルイド、そして、私の記憶の、賢者。「賢者の国」(いつも出るな)
「賢者の国」は豊かで、なんかエーテルの術の形で情報が漂って、残ったり、増えたり、流れたり、送られたり、積み重なったりした。ちゃんと「焔流累颯」の理に準じている。植物と果実が余り、「深紅の悪魔」は何かを食べるとかそんなの人間とぜんぜん仕組みが違うから、同じ「古代魔術「木」」の学びを共にする生徒が食う果物の味の記憶なんかわたしはぜんぜんないが、とりあえずわたしが「ステラ・ロサになってから」なんかクララの時期より呑気で平安な感じになっているのならば(もちろん、自分自身だからわからんが)それは「賢者の国」の記憶の影響かも知れないね。
「うん、やはりそこは、なにか「ぶにゅぶにゅの神様」がエーテルリソースだったと思う」
「そうなんでしょうか」
「「焔流累颯」の学びもあるしな。わたくしが知る、その非凡の学びが繋がっているという証拠だろう」
あとで、自分の知識と比べてみたけど、「同じ系統の知識は共有するものがある」ので、ちゃんとブイオ様が言った言葉と似ている原理が、「古代魔術」にはあった。
「どうでしょうか。そのド偉い、世界よりデカいぶにゅぶにゅの神様が作った学びは、もしかすると偶然同じものが発生しているかもしれない。「ぜんぜん関係ない国も、とりあえず水飲んで歩いて寝る」みたいな」
「根本だから、自然にできた?」
「まあ、わからないけれど。」
「話を戻せ。「賢者の国」分量が、また、多すぎた」
「ははあ
その前の前の前はなんの話でしたっけ。文か。
そう、わたしは「羽」も「インク」も「紙」も必要無いのです。もちろん、これは残らない。水が揺らんで、その写しが無くなるのと同じだ。でも、「花びら」が描いた文様ををわたしが見るという覚えは残るから、たぶんそれがわたしがこれから色んな文字を学ぶことに、利得になりましょう」
「文字を学んだ経験自体が、ためになると言ったろう」
「そうですね」
「それが累だ」
なにかをやる事、やろうとする事、「知り」の根本みたいなものがあるらしい。
まあ、以前話した内容で言うと「漁師と狩り人の常識は違うけど、「前の人の学びを繋ごう」や「体力大事」みたいな事は共通だ」という感じだね。
「いったん見れるものが星だから、星の形をなぞいてみますか。あと、昼の間には草木も書くか」
「うん、なにもかも練習だ」
そうしてわたしは、夜に「エーテル操作」を兼ねる、「文字練習をするための練習」もするようになったのだ。
だって、わたしは星だから。星を書くのが同然だ。




