プラズマの物語性
そう。植物から毒が出るのは一般常識だ。今の西ヨーロッパの平凡の毒薬がそうだし、砂漠を渡ってある様々な国でも鉱石からの毒よりも普通のものだ。だから、「これ、毒です」とか判別ができる人は平凡の薬師としても、非凡使いとしてもそこそこ需要がある。平凡のお偉いさんの中でお仕事ができる。
それを今の魔術ギルド、アルティ・マギアは……「水の堂」がやっているが。平凡の植物が作り出した毒、鉱石の粉からの毒素が判別できるようになったということだが……
そういうのは、毒を持つ草木があるのは自然だ。別にそう言う大きい意思はないとしても、結果的に生存と種の流行りに有利になる毒素を編み出して、注いで武装した種類が同じ部類の中でより食べづらいから、図太いから生きていた。残っていたのだ。それを、人の子はいったん狩りをして古の像や鰐、他の猛獣とやり合うことに使っていて……それもまた「そういう方法を残して覚えた社会が、より有利だったから」残っているということ。
狩りの次は、もちろん利益の分担だ。
ものを持つ者の中で割合を数えることになるが……命というもの自体が、少しは「中庸」から離れていて欲張りのほうが残りやすいから、だからそういう時、ちょっとここで裏技、外道を使いますか、と言って競争者を切り取って、次の代にはちょっと面目ないから秘密に。
そういうのは普通で、それもまたお肉の命を持っていくものとしての自然なことだ。わたくしはすごく苦手でも理解はしているつもりだ。
そして、そういう仕組みはこの大陸のどこでも同じで……まあ、今回の「大魔術」に私が関わったきっかけになったのもまたの普通の毒殺の事件だ。その発想自体は珍しくもない。
ただ……水と混ざって使われることが多い「平凡な毒液」は、その「これ、毒です」の立場はもちろん、綺麗に「毒だけを除去した」ワインなどが飲める様にする、気遣いが過多ではないか?と思っちゃう水の元素魔術というものまで作られていた。聖堂から偉さを保証される魔術ギルドの、キリスト教の聖人さんたちの「平凡の」奇跡のようなことができる、非凡のものの魔術師たちだ。水のマギアの大事な役割として長く続いてるものなんだ。(そしてものというのはそう言う役割と共に関連分野の物流や平凡の技術なども共に変わって、成長・発展を重ねていくものだから、私の立場でも「へえそうなんだ」になって趣味で調べたりしたところだ)
それが……「非凡の」毒液が出てから破綻したね。事件自体は普通のことだけど、道具が変わったから対応ができない。
隣のチーム長は話を続いた。
「そして、そのあとあの大魔術師さんが、すごいわざを出して雨を止めたと言うんじゃないですか。それも本当ですか?ただ雨が止んだように思いましたよ」
「ああ。それもたぶん本当だ。私が見るには……マギアさんたちのすごいチカラが張られていて、それが怪物の邪気の雨を無理やり止めたみたいに感じれた。そして、それをあの大魔術師1人がやってたらしい。凄すぎる」
「魔術ギルドは本当に不思議なところだ」
「まったくその通りだ」
「でも、基本的に聖堂のお偉いさんの話に動くしかないのですね。そういう魔術が四六時中使えるわけではないですから」
私は頷く。
「そう。聖堂の騎士団も似たようなものだと聞くが、非凡の方法というのは、普通から離れてるものなので、まさに夢のようなことを現実でやるから、その人の心身さえも『現実で』夢のようになっちゃうものなのだ。だから、自分の道をすぎてやろうとすると、マギアは頭が弾いて、アルマは心臓が弾くらしい」
「こわっ」
「私も別に噂だけを聞いてるけど」
何回も見た。
「なら、あの大魔術師のせんせいも相当無理をしたんじゃないですか?だからあんなに討論が続いてるんでしょう」
「そう。私もそう思う。実に難しい話をやってるだろう。多分聞いても半分もわからないのだ」
「レグノさんもですか?」
「私はわざが見れるだけで、別にマギアのせんせいたちでもないし……」
「それもそうです」
「でも、今の話の『無理をした』とは少し違う感じだな」
「つまり?」
「あれはあれに近い。『この新しい方法・道具が許容されてもいいのだろうか』の種類だ。多分大魔術師のせんせいは発想や能力も土の堂の中で一番優れてるし、彼はまた幼い少年だ。だからこそ、大人たちが見てびっくりすることがあった、そんな雰囲気だ」
「うわ〜〜それは私たちもわかりますね!あれですね!」
「そう。今まで200年そうやってたのになんの問題があるとか、物流がすぐ変われるわけでもないとか。完全に古いわけでもないし、完全に理性的でもない、あれがあの大人の方のデュラのせんせいたちの中であって。それを大魔術師のせんせいが上手く味方にしたように見れる」
「確かに。もう先と違って、戦ったり意を張ったりしてるんじゃなくて、『ははは』してます」
「上手く回ると私たちも納期の通り動けるから…。責任者が本当に仕事ができる人間で助かった」
「まったくその通りです」




