推進力を得るため、いったん竦む
凄い攻撃魔術を学んだ「深紅の悪魔」の記憶が浮かぶかも知れない、もっと有用なものが戻るかもしれないことであったが、一旦わたしが扱える頼れる知識は「木」のエーテルのことだ。
不思議なことに、今のドルイドの呪術と非常に似ている色んな技は、実はその成分によってはわたしが未だ見たことすらない薬草もちょっとは扱うことができるようなものだ。
確かにドルイドとしてチート知識である。
でも、その中で戦いに利得になるものはあまり無くて、「平和かよ」とか考えながら、その子のせんせいである、茶色の髪色の清楚な賢者さんとか浮かびながら、「この人は、他の連中と違って本当に「悪魔」の自分になんも思ってない」とか感じた。
植物の種類、栄養、薬効がある部位、毒があるものを見極めて、他の専門と上手く助力する。魔法植物、育ちのコツと、穀物が病になる理由、必要な養分、記録。
まあ、もうひとりのクララちゃんの咳止めはちゃんと作れるような、素晴らしい知識だ。
やはりドルイドの知識はわたしの性に合うのだ。(自分の、我流エーテル遊びは、何気にドルイドになることを目指していたかも知れない。非凡の素質はなかったけど、「森の姫様」を夢見たんで)
この知識は、基本的にあれだ。わたしが「有用なドルイドちゃん」として旅することに非常に役立つから、それでいいんだよ。
そして考えたのだが、もし「賢者の国」の色んな素晴らしい戦闘技術があったとしても、それがこの世界で使えないものであったら、それもまた意味がない。むしろ気が散るという事だった。
「あ、それあったな」
「なんです」
狼さまが急に喋った。
「ここは「悪魔」の奴らが生きるには大気の溶存エーテル濃度が非常に低い」
「ああ、そうでした」
そうだった。わたしの「賢者の国で古代魔術を学んだ深紅の悪魔」の記憶でも、扱えるエーテルの量が段違いだったし、それを「同然のこと」だと感じた記憶があるのだ。別世界なのだ。
つまり、ここは「深紅の悪魔の里」よりも「賢者の国」よりも、廻のエーテルの量が非常に少ない世界、という事で、あいつら「悪魔」が「瓶が召喚できない」とか言ったのは、
「ちから出ると強いのに、ごはんが無くて出ません」みたいなもんだ。今使えないと、まあ、「意味がない」まではないとしても「今使えないことは事実だ」くらいのことだ。そしてそれは命取りになるね。
「だから、「賢者の国」の術だとしても、「周りにエーテルが豊富前提」のものだったら、知ったとして使うのは難しいかも知れない」
「そうですね。ごはんが無くて出ません。」
なるほど。わたしの頭に浮かぶ自分ではない自分の記憶にはそんな便利な「「古代魔術「木」、木の葉 突風!!」を使った記憶」などは無かったのだが、そんな攻撃技は覚えたとしても使えないかも知れないから、その場合ぐぬぬ案件になるよりは、まあ、今使える術に集中した方がいいかもしれなかった。
「日常を維持する技はそれ自体が凄いものだと思うとか言いたい所だろ」
「日常を維持する技はそれ自体が尊い。」
まあ、攻撃技みたいな感じでは、最小、「杖の球に込めた、「木」のエーテルの力で当たった相手の気力を減らす」という効果が付いている。だからその意味では、今のわたしは、使える技を一番効率よく使っているのかもしれない。
わたしが「欠片」を集めて、どんどん「杖の強さ」や「自分の鋭さ」を極めていくと、それでも、いつかはこの花びらも、「炎矢」みたいに撃てるのだろうか。まあ、できるとかっこいいと思うけど、でも、そんな「大事で活躍する」わざに負けないくらい、わたしの呪術は価値あるものだ。




