なにかの予兆
「……」
鳴き声や羽の音など、どうぶつの音はぜんぜんしない。声もしない。ただ2階の窓から通る夜風の音がするだけだ。でも視線みたいな圧迫がある。まさに何かに狙われるような、試されるような視線を感じる。
これは本当にウチは見ることができない、なにかのファントムが天井裏にいるのだ……ウチを見ているのだ。そんな感じだと思った。だからこれが自分の妄想の産物としても、なんか喋る事にした。
「ウチはリソ。奇妙なものの気配を感じるチカラを持ってるらしい人です。この辺が出身の筈だから、多分出身はフィレンツェ。チカラというそれは『霊』の適性というものです。人には魂というぶにゅぶにゅしたものがあって、ウチはそれに少し触れれることができるらしい。ですが、それは別に魔術ギルドの人たちが魔術を使うように強いものではなくて、あやしい方法を使う人が様々な方法を扱うように優れたものでもない。ただ、微妙で弱い性質、それでも外でばらしちゃいけないものらしいです」
もちろん、ウチの言葉にはなんの返事も来ない。
「今見ている感覚がどなたかウチは知りません。でも、思える事があります。以前、今の様に一人だった時、突然現れた外国の人が居ました。金髪がサラサラの人だったんですが。その人に言われたのです。『きみは被っている』と」
「真似事、付けられたもの、他他。そのどれかの意味だと思いますが、彼女が使ったその言葉が実際にどの意味だったのか、ウチは知りません――この家の主も知らないはずです。ただもしかすると、今のウチの様に、自分自身のこともぜんぜんわからんくせにただ運が良くて贅沢に生きる事を『道理に合わない立場になってる』のだと、少しはウチに強く当たる言葉を言ってたのかもしれない」
「……」
別にウチは死霊術師みたいに、人の魂を見て話せるような神秘的な人でもないくせに、レグノの旦那が居ない不安をただ言ってるだけだ。自分もそう「ああ、バカだな」とか思いながらそろそろ虚しい独り言をやめようとしていた。
その瞬間、
ダダン!と2階から音がした。
「なに!?」
ウチは今まで独り言したのが実は別に天井裏のファントムがいるのでその応接として話をかけたのではなくて、それはぜんぶ自分の妄想だ!と思っていたので流石に驚いた。急いで階段を上ってきたけど、そこにあるのはただのレグノの旦那の作業室で、埃は少しもなく丁寧に管理してるいつもの本棚が見れるだけだった。
「本当になんだったんだ」
ウチは寝る前だから2階の窓を閉まって、リビングに戻る。やはりなんか食って寝た方がいいなと思って、チーズを少し食べる事にした。
食う分量を切り取って、齧りながら思うけど。
今日、レグノの旦那が言ってた仕事が非常に難しいことなら?⇒その人は有能だから、できる仕事が入るように業界の連絡関係を組んでいた筈だ。
正しくないお仕事なら?⇒彼はウチにとって一番大事な人だけど、その人の仕事がいつも正しいとは限らない。でも理解してくれることはできる。
すごく大変になって戻れなくなると?⇒ううん……。
うん、やはり心配であった。
別に泣いてなんかしなかったけど、チーズは余計にしょっぱく感じだった。
寝床に横になってるけどもやもやが全然収まらす、自分の「見えない糸を操る能力」を練習してたらいつの間にか寝てた。
夢。
それは、ウチの本性とわたしの理想が相容れないものだから見てしまう過去の記憶だ。
いつも自分は逃げる狐みたいなどうぶつで、黒い狼に噛まれて人になる、そういうまったく意味わからん展開で夢から離れ、夜に目覚める。
「普段はすぐどうでも良くなるのにな」
ウチはまた寝ようとして、それを朝になるまで繰り返していた。




