水を零すと持ち上げることが難しい
この授業は本当にそれだけだ。それからは実践とフィードバック。生徒たちはそれぞれバケツ一つずつのお水を貰って、自分で練習しながら、講義室を適切に回る教授と助教たちに質問をしたり、お手本を願うのがメインになる。
つまり、ひかえめな性格で、何気に教授の時間を取るのが面目ないとか、そんな思いをしちゃうものは劣るしかなくて、おれはこのような形が苦手だ。本のエセンピと方向性を覚えるのは向いてるけど。
でも、やるしかない。
おれはドルイドさんに言われた通り、4属性のぜんぶをマスターして、ギルドで生き残って、自分なりの属性を決めようと思ってるから、水も例外ではないのだ。
おれはいったんクッソ重いバケツを持って自分の席に戻ったので、今朝ドルイドさんにも見せた小さい単位の操作をやってみる。うん、これは全然問題ない。
そして、この操作の対象をまた新たな魔術の基盤として伸ばそうとするのであった。ぜんぜんできない。
この操作はずっとやると、実はだいたいの水のマギアは遅かれ早かれできるようになる類の魔術だというから、これは多分おれが4属性の適性があるから。ひとの1/4しか集中できてないからの理由があると思う。この場合、おれがもし俺強ぇえ系の主人公であったら。そう、騎士小説とかを読むとよく出る「だから人の何倍努力するしかない」で突破ができると思われるだろう。でも、この業界ではそうしちゃうとイカれちゃって頭がおかしくなるのが難点だ。なにせ、ギルド長が言った通り、マギアは心のお仕事だから。騎士団のような根性論が効かないのだ。
人の等倍の努力を丁寧にするしかない。
助教さんにコツを聞いてみる。
おれは手を上げて目を合わせた。茶髪の女子の人だ。
「はいはい」
「おれは他の属性に気が散るせいか、他の人より半径も短くて、この「新たな範囲と扱う」という概念が難しいと感じます。個人それぞれ違うコツがあるのですか?」
「へ―そうだね。私はピサ出身なんだけど。こどもの頃から家が塩の生産に関わってた。だから海水と川水の性質が違うような、水の詳細属性の違いを舐めて分けるような感覚があるから、それを伸ばす感じだよ」
「凄いですね」
助教さんのコツはこうだ。塩が入れている水は重い。しょっぱい。これは平凡の水だけど、魔術的に解釈すると水の構成や印が違う状況だとも言えて、その差が…彼女の表現では「味で」わかって、それがわかったら、改めて自分のエーテルで掴む。掴んだそこからまた周りの水を見ることができるということだ。
「クワトロは私もきみ以外は聞いたこともないよ。きっときっかけや連想しやすい感覚がある。そして、それはきみが水の素質も持っている以上、きっと心の水底にもう持っているのだ」
めっちゃいい事言って下さる。
「ありがとうございます」
そして、おれはまあ、家族と移動してる最中に道が戦場になって、色々あってここにいるだけの8歳児だから、相当壮絶かも知れないけど経験の太さと長さが足りない。だから、
自分が持ってる記憶の太くて長い部分である、何万年ぶんの「変な夢」の底にはギリギリ使ってもいい考え方があるかも知れないと思った。
そして、茶髪の助教さんは他の生徒を見ていて、ちょうどガブリエル教授がここに来てた。
「教授」
「なんだ、インフルエンザから上がってからはめっちゃ天才少年になってたのではないか」
「そうですね。どうやらその時変な夢を見まして」
「インフルエンザの夜に見る夢ね」
「その夢の中の自分の様にものを動かそうとするとできるかも知れません。でも、それは本当に変だから、黒魔術師になっちゃうのではないか心配になりまして」
基本的にマギアは全部おかしい連中で、この業界は幻想魔術という、よりあやしいものもあるから、「確実な不正の経験」でもない、「変な考え」自体は罪を問わないのがルールだ。でも、それを実際に魔術のカタチに適用するのは出ちゃってるものだから。そこからは「許されない魔術」になるかも知れない。人々はすべてを見て聞くのだ。
「ふむふむなるほど。あたしはもちろんいつもそんな悩みを持っていて、きみみたいなごく一部が知ってる特級秘密でその悩みを隠しているけれど」
「はい」
彼女はどうやら人の心の言葉が見えてしまう面妖な術があるようで、普段はその能力を自分の政治的な立場を守るために使うが、必要以上に見ちゃうと頭おかしくなるからワインを飲んで頭をちょっとバカにしている。みんなが知っているのではない、そこそこ秘密だ。
「最近自分のアルス・ノヴァを磨いていたら、ちょっと感じたものがあったよ。頭の中で、いったん検討すればいい」
「頭の中でですか」




