エンシェント・グラフは知ってるけど
結構丁寧である、少年の手記を見分けた。
ふむ、これか。と、手に持ってる。
本にする工程が無いからな。本ではないものはこのもののものであることだ。
どの内容であっても。
やわらかい紙は、もちろん革に出来ている高級のものである。
黒いインクで文字が書いているのだ。
意外と量が多くて、箱二つ分になる。
たぶん彼は魔術ギルドに入って2年だというから、これは彼の2年の記録で、
とりあえず、このものが文字中毒であって、魔術ギルドというのは結構贅沢である事をわかった。
確かにフィレンツェは中々のイケてる国のようだ。
どれどれ。
ふむ。これがわたしの現代文字の師匠の文か。
全然読めねぇ。
けど、他の本と比べても劣らない形と大きさの文字だ。それくらいはわかる。
その年に、わたしは「長生きしたいな」とか思っていたな、とか思いながら、ちょっと顔がいい少年の寝顔を見て。
さて、勉強の時間だ。
自分は「古代文字」がちょっとわかるから、似たような文法は無いか、似たような文字は無いか、ちょっと見たいのだが
マジでないのである。
「くっそ…白神女さま、「賢者の国」のものはぜんぜん伝えてないな」
「呪術」は伝わっても「文字」はぜんぜん違う。これは結構の謎であった。
わたしとブイオさまの最新理論では、「「白神女」は爆発する前の「賢者の国」に来ている」ことになるが、その説に基づいたものの、「なら、ドルイドの呪術だけではなくて、文字もちょっと残したらいいじゃないか」という疑問が浮かんでて仕方ない。
ふん、それが人の文明なんだろう。こんなに文字は違うんだ。
まあまあ、とにかく、わたしの勉強というのは
もちろんわたしが今読めない文字を見ながらやることなど一つしかない。
それは、「とりあえずこれを真似る」だ。最適。
反復練習は最強なのだ。まずはいっぱい書くことにした。
「うむ」
わたしは人差し指から「花びら」を出して、空にいつもの「文字」を書く。
少年が起きるまで時間を過ごすことにした。
だから、これからの雑談は大体、書きながら考えるのね。
白い紙に黒いインクだ。
これを書くには、羽根の羽根というものを使うらしいけど、やはりわたしは指が楽で、
大きいサイズに、「これ、ぜったい書く順番 間違ってるな」と思いながら
とりあえず、適当に、真似る。
それでもいったん頭に入れるのが大事なのだ。
今は書く順番などどうでもいい。
目的する形が同じであると、その過程の順番は後で変える事ができるのだ。
修正ができるからだ。
これは「効率化」。基本の傾向だね。
「流」の傾向に充実なものである。川が流れて、ちょっとの土は水に溶けて、流されて見えなくなる事が、「初めてのなんか間違えた情報が適切に消えて、あるべき姿の川が流れる」みたいなものなのだ。
もちろん「古代魔術「木」」のように、ちゃんと学んでちゃんと覚える「累」の心も、「颯」のように広く感じて、喋って、聞くことも大事だけど、
今は、学ぶためのせんせいも、喋るための話し相手も寝ているからな。




