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帰還


 イリーナが、目を覚ます。

 そこはベッドの上だった。


 身体が重い。

 首を回し、周囲を確認するのがやっとだった。


 枕元には、突っ伏して眠っているジル。

 ずっと側にいてくれたのだろうか、目の下には濃い(クマ)がある。


「ジルカント……」


 ふと口をついた名前。


 不思議だな。

 普段は単に『ジル』と呼んでいるのに、どうして彼の本名が自然と出てきたのだろうか。


 なんだかおかしな夢を見ていた気がする。


 名前を呼ばれたジルが、ゆっくりと目を開ける。


「イリーナ……!」


 ジルがイリーナを見ると、すぐに身体を起こす。


「目が覚めたのか……本当に、」


 いつも通りの表情に乏しい顔だが、どこか喜んでいるように見えた。

 ジルがイリーナに手を伸ばそうとするも、逡巡(しゅんじゅん)し、その手を止めた。


「すまない……出来る限りの事はすると言ったのに……」


 今度は悲しそうな顔をしているように見える。

 イリーナはジルの手に触れる。


「どうしてあなたが謝るの」

「ワインを飲んで倒れた後の記憶がないけど……ジルが助けてくれたんだね」


 イリーナは微笑む。


「どうやって助けてくれたの?」

「どうやって?」


 ジルは困ったように、もごもごと口籠る。


 しばしの沈黙。


 ガシャンッ、


 沈黙を破ったのは陶器が割れる音だった。


「!?」


 イリーナとジルの二人が音のする方向へ顔を向ける。


 床に落とされ無残にも割れた花瓶。

 その後ろには涙目のティア。

 

「イリーナ様!」


 ティアが涙ぐみながらイリーナに抱きつく。

 ジルはその勢いに押され、二人から一歩離れる。


「よかった……本当に……!」

「ティアは大げさだなぁ、」


「大げさじゃないです!」


 ティアは怒り交じりの声を上げる。

 あっけにとられるイリーナに、ジルが口を挟む。


「イリーナ、あなたは一度、毒を飲み心肺停止状態にまで陥った。

 ティアが聖堂内で騒ぎを起こしてくれたおかげで、あなたを運び出すことができた」


「その後、ジルカントさんは何度もイリーナ様にッもぐぉっ!」


 ジルがティアの口を塞ぐ。

 詳細は伏せられたが、どうやら私がこうやって生きているのは奇跡らしい。


 外部の医者によって解毒剤が投与されたものの、呼吸はしているが意識が戻らない状態が3日間続き、今日やっと目が覚めて今に至るようだ。


 毒を飲んでから意識を失うまで、その間のことはよく覚えている。

 今までに感じたことのない苦しみ、体内を焼かれる感覚。

 あの時確かに『死』を覚悟した。


「二人とも……ありがとう」


 イリーナは二人に心からの感謝を伝える。

 二人が居なければ、きっと今の自分はいなかっただろう。


 感傷に浸る間もなく、ジルがイリーナに問いかける。


「イリーナ、これからあなたはどうする?」


「……え?」


 ティアも真剣な顔持ちでイリーナに向き直る。


読了ありがとうございました。

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