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恋心


 ジルカント__ジルのことを、まさか『イリーナ』が口にするとは思わなかった。


(わたくし)が暴れ、彼を(ののし)るたびに、彼の目から深い悲しみと孤独を感じた。

 でもその目は、(わたくし)を見てはいなかった」


「彼に聞きたかった。

 一体何を見ているのか」


 『イリーナ』は顔を上げる。その目には涙が(あふ)れている。

 溢れ出ようとしている涙を(こら)えているのだろう。


「できることなら、彼を抱きしめ、口づけを与えたかった。

 そうすることで、彼から全ての悲しみや孤独を取り払えたなら、どれだけ素晴らしいか」


「そう……少しずつ、あの人に心を蝕まれていく自分が許せなかった。


 これから先の人生、ここにいれば彼に会えるなら、それで構わないと思うほどに」


 イリーナはジルに恋をしていた。

 だが彼女はその立場ゆえに素直になれなかった。


(だからって、自ら死を選ぶなんて……)


(わたくし)にはこの国を守るという使命がある……塔を抜け出して、ライ・カーンを潰さなければならないのに……」


 『イリーナ』は一呼吸置いて、


「もう限界でした」


 そこまで言うと、先ほどとは打って変わって『イリーナ』は憫笑(びんしょう)を浮かべる。

 それは間違いなく彼女自身に向けているものだろう。


 その顔を見た途端に、『イリーナ』に返そうと思っていた言葉は全て消え失せてしまった。


 国を守ろうとする自分と、年相応の恋心を抱いた自分の均衡が取れなくなった。

 きっと考えることすらも苦痛で仕方なかったのだろう。


 彼女にとって楽になれる方法は『死』のみだった。

 

 悲しい笑顔がそれを物語っている。


「あなたが羨ましいです。

 ジルカントは私ではなく、あなたに惹かれた。


 きっと私では振り向いてもらえませんでした」


「でも、」


 『イリーナ』とイリーナが向き合う。


「あなたがジルカントに惹かれていたのは、

 あなたの中の私が叫んでいたのか、

 それともあなた自身が惹かれていたのか……」


 『イリーナ』が一歩、また一歩とイリーナに近付く。


「そんなことも、もうどうでもよくなるわ」


 『イリーナ』はどこか晴れやかな様子で笑って見せる。


「それってどういうこと……?」


 体と体が触れ合うほどの至近距離。


「私もあなたもイリーナよ、私たちは今度は一つとなり、生き返る」


 『イリーナ』はイリーナを抱きしめる。


「次に目覚めたあなたは、(わたくし)と混ざり合い、完全なあなたではございません。

 でも、あなたが変わるわけでも、失われるわけでもありません……! どうか、ご理解ください……!」


 イリーナの視界がまばゆい光に包まれる。

 目を開くことさえも困難なほどの……


 そこでまた、意識は途絶えた。


読了ありがとうございました。

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