姉弟
ルイは目を見開き、イリーナを訝しげに見つめる。
家族だからこそわかる、違和感。
いくら外見が同じであろうとも、その中身が違えば、違和感があるのは当たり前だ。
ティアは『幽閉生活のショックで記憶喪失になってしまった』と言えば納得をした。
ジルも困惑しつつも、イリーナの変貌を受け入れた。
それはティアもジルも、自分が憑依する前のイリーナと長い交流があったわけではなかったからだ。
だがルイは違う。
この世に生を受けてから約12年間を共に過ごしてきた最愛の姉の変化を簡単に片付けられるはずがない。
そこに『記憶喪失』や『聖水の影響で脳がおかしくなっている』という理由付けをされても、彼が納得することはないだろう。
ルイは姉の話し方、身のこなし、小さな癖などを全て知っている。
それは記憶を失ったり、薬程度で簡単になくなるものではないはずだ。
「本物の姉上は、一体どこにいるんですか……!?」
イリーナはその言葉に答えることができなかった。
彼の中に生じた違和感は、尤もなものだ。
ルイはイリーナを突き飛ばし、逃げ出した。
「!?」
突き飛ばされたイリーナは、いとも簡単に地面に倒れこむ。
去っていくルイの後ろ姿。
フラフラと走るその姿は、最愛の姉が『姉によく似た別の誰か』になっており、ショックを受けているのだろう。
(ごめんなさい……あなたの本当のお姉さんは……)
皇帝の死を報された時も同じだった。
私はイリーナではない。
異世界からやって来て、イリーナの身体を乗っ取ってしまった。
人殺し、という点では自分も同じなのではないか。
「大丈夫ですか、皇女殿下」
地面にへたり込み、意気消沈するイリーナに手が差し伸べられる。
「……?」
声の主は、装飾の施された僧服を身に纏い、あご髭をたくわえた中年の大男。
身なりからして高位の聖職者だろう。
「ごめんなさい、私の手、泥だらけだから……」
イリーナは重いスカートを引き摺り、なんとか自力で立ち上がる。
「ありがとう」
僧服の大男はあっけにとられた顔でイリーナを見つめる。
「皇女殿下、まさか、私の顔をお忘れになったのですか?」
「え……」
(この人と、イリーナは知り合いなの……?)
男の名前はライ・カーン。
ルイの摂政であり、ジルの師であり、イリーナを告発しホロミア塔で幽閉した張本人。
イリーナであれば、憎くてたまらない、顔を見た瞬間に殺そうとしてもおかしくない相手だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宮殿地下の隠し通路。
ジルは地下を立ち回り、情報収集を行なっていた。
ルイが教えてくれた隠し通路は一つだけだったが、一つ場所が分かれば他の通路を見つけ出すのは苦でなかった。
今晩はライ・カーンの主催する夜の特別礼拝が行われる。
礼拝はイリーナとルイも参列し、国内の有力貴族たちも招かれる大規模なものだ。
ライ・カーンならば、必ずこの礼拝で行動を起こすだろう。
それはイリーナに対するものか、ルイに対するものなのかはわからない。
ナイルズの言う通りルイの命が脅かされるものだったら、必ず阻止しなければならない……
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