不幸中の幸い
豪華なドレスってすごい。
宮殿の中庭の真ん中で、イリーナはそう思った。
遡ること小一時間前、イリーナは軟禁されている部屋で暇を持て余していた。
一度はジルの身を案じ、自分を奮い立たせたものの、そもそも彼の居場所を知る方法がない。
そもそも、ジルはとても強い。
自分がいたらむしろ足手まといになるだけなのではないか。
冷静になったイリーナは、じゃあここで大人しくしていようかと思ったものの、部屋の中には豪華な調度品と家具があるだけ。
時間を潰せるようなものが一切ない。
本などを持ってきてもらうことも考えたが、読書する気分ではない。
イリーナは窓の外をぼんやりと眺める。
宮殿は二階でも地面が遠い(天井が高いから当たり前なのだが)
転生前に住んでいた練馬の賃貸の二階とは異なり、窓から見えるのは昼過ぎの空と鳥くらいだった。
(ちなみにここ、何メートルくらいかしら……)
イリーナが窓から身を乗り出した瞬間、突風が吹いた。
オーガンジーが何重にも重ねられ、フリルをふんだんに使ったアンダースカートによって重みを持ったスカートの重心が崩れた。
きつく締め上げたコルセットで、身をよじってバランスを取り直すこともできない。
イリーナは窓から落ちた。
背後で女官の叫び声が聞こえた。
窓から落ちたイリーナは……無傷だった。
落ちた場所が植え込みだった。
その上、やたらめったらにフリルやレースが重ねられたスカートがクッション代わりになったのだ。
頭上ではバタバタと慌ただしい騒ぎになっている。
(ちょうどいい、このまま捕まる前に逃げてしまおう)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後イリーナはがむしゃらに走り、中庭にまでたどり着いたわけだ。
「く、くるしい……」
コルセットで肺を潰されながら、重いスカートを引き摺って走る。
なんという重労働。
転生前は終電を逃さないために毎日のように全速力で駆けていたが、ここまで苦しい思いをすることは滅多になかった。
イリーナはその場に座り込む。
勢いで逃げ出してしまったが、何をするかはまともに考えていない。
ジルに会いたいが、彼の居場所はわからない。
イリーナは弟との権力闘争に敗れて幽閉をされていた。
弟は皇太子だから確実に宮殿内にいるはず。
その弟に会って直接話し合いを行い、「私は権力とかそういうの興味ないからホロミア塔にこれからもずっといるよ! だからそっとしておいてね! いい子にするからジルのことも許してあげるようライ・カーンって人に伝えておいてね!」とでも説得しようか。
(なんて、そんな都合良く弟に会えるはずもないか)
「イリーナ、ねえさま……!?」
座り込むイリーナに、鈴を転がすような少年の声。
「え……?」
イリーナが顔を上げる。
アクアマリン色の瞳に、金糸のようなブロンドの髪をした喪服姿の美少年。
その顔はイリーナとよく似ている。
すぐに気付く。
(この子が、イリーナの弟のルイだ……!)
想定外の弟との遭遇に、イリーナは急いで立ち上がる。
ルイは困惑するイリーナに駆け寄り、抱き付いた。
「イリーナねえさま!」
少年はイリーナにしがみつき、涙声で何度もイリーナの名前を呟く。
「ずっとお会いしたかったです……」
「あなたがホロミア塔でどのような扱いを受けていたのか……何をされていたのか……
僕はずっとずっと、不安でした」
「え……あ……」
なんていじらしい子なんだろう。
これほどまでに自分を慕ってくれる弟を、イリーナは本当に殺そうとしていたのか。
私はどうすればいい。
本当のイリーナは、どうやってルイに接していたのだろうか。
いや、ティアと同じように記憶がないと言うべきか。
「あの……」
イリーナがおずおずと声を上げるのを、ルイが遮る。
「あなた一体、誰ですか……?」
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