戦い
ナイルズ__彼もまた、幼い頃に親から捨てられた子供だった。
否、ライ・カーンの部下は皆、かつて親から捨てられた子供たちだった。
ライ・カーンに拾われ、彼に感謝し、忠誠を誓い、大人になった者たち。
孤独と空腹と寒さに苛まれ、その中で差し出された悪魔の手を『希望』と捉え、
善悪の区別がつく前にその手を汚し、気が付いた頃にはすでに後戻りができなくなっていた哀れな者たち。
夕焼けに赤く染められた寺院の中で、僧服姿の男二人が激しい鍔迫り合いをする。
「寺院には誰もいない、思う存分暴れたらいい」
寺院にも地下にも誰もいなかったのはナイルズが裏で手を回していたということか。
「お前と一度こうしてみたかったんだ」
ナイルズは歯を剥き出して笑う。
ジルは強い。
体力、機動力、スピード、技術はもちろんのこと、もっとも有利な点__それは『人を殺すこと』にためらいがないこと。
だが、ライ・カーンの部下たちの中では、それは『当たり前』のことである。
拮抗した勝負。
二人の実力は言わば互角だった。
勝負を決めるのは精神力か、運か、あるいは神の加護か……
ジルには逃げるという選択肢も、ナイルズを生きて帰すという選択肢も許されない。
この状況における、唯一の目撃者。
絶対に彼を殺さなければならない。
例えそれが同じ男を師と仰ぎ、長い年月を共に過ごした『仲間』と言えるような存在だとしても、それを『殺したくない』などと思うようには教育されていなかった。
それはナイルズも同様だった。
ナイルズが剣を振るい、ジルがそれを避ける、ナイルズは隠し持っていた短刀をジルの頭部めがけて突き立てんとする。
卑怯と言われる行為だが、そもそもこの戦いにルールなどなかった。
避け切れず、ジルの左肩に短刀が深々と突き刺さる。
ジルは歯を食いしばり、悲鳴どころかうめき声すら上げない。
ナイルズと距離を取り、体制を立て直す。
(痛みはすぐに麻痺して感じなくなる)
ジルの目は冷たく、鋭い。
目の前のナイルズの隙を伺おうと、その一挙一動を見逃さない。
ナイルズは他にも武器を隠し持っている可能性がある。
油断をしていた自分が不覚だった。
「ジルカント、お前は単純な男だ」
ナイルズは余裕綽々に振舞っているように見えるが呼吸は荒く、体力を消耗して限界が近づいていることは明らかだった。
だがそれはジルも同じだった。
「女に絆されて本来の職務を放棄するなんて、神父失格だな」
「なぜ皇女にそこまで肩入れをする?」
今度はこちらに精神的な負荷を与えようとしているのか。
「まともに考えてみろ、お前は孤児で、苗字もない。奪ってきた命は数知れない……
だが皇女は違う。
由緒正しい血筋の、正真正銘のお姫様だ。
皇女の幽閉は一時的なものだ。
ほとぼりが冷めたら出家させるか、新皇帝から特赦を与えられて、国内の弱小貴族あたりにでも嫁がされることになるだろうな」
ナイルズは笑っている。
窓から差し込む夕日が彼の顔に不気味な影を作り、まるで仮面のようにも見えた。
「お前と皇女が結ばれることはありえないんだぞ?」
とどめの一言。
ジルの顔は逆光となっており、その表情を伺い知ることはできない。
だが一歩、目の前__ナイルズのいる方向へ踏み出す。
「ペラペラと、よく動く口だな」
だから何だ?
それがジルの答えだった。
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