決意
自分の死を自覚したとき、真っ先に考えたのは他でもないイリーナのことだった。
自分はいつ死んでも構わないが、あの人のことだけが気がかりだった。
ジルは、ルイに向き直る。
まだ幼い少年だ。
何も知らない、哀れな少年。
(……自分がライ・カーンに拾われたのも、この少年くらいのころだっただろうか)
あの頃の自分も、何も知らなくて、ただ差し伸べられた手が嬉しく、この男に一生着いて行くと誓ったのだ。
あの男の異常さに気付いたときには、もはや後戻りができないところにきていた。
己の手は血で汚れ過ぎて、洗っても洗っても落ちないどす黒いシミになっていたのだ。
だから諦めた。
逆らうことも、逃げることも、償うことすら、“死”という諦めで片付けようとしていた。
この少年は自分だ。
この少年も、いつか自分のようになり、一生消えない十字架を背負うことになる。
だが、この少年には敬愛する姉がいる。
愛すべき姉を助けるために、この少年は行動を起こした。
取り返しのつかないことになる前に、自分のようになる前に、ルイは立ち上がっていた。
「イリーナのために……生まれて初めてあの人に逆らった」
自分がライ・カーンを疑わなかったのは、ライ・カーンを師として仰いでいたからではない。
弱い自分が、自分自身の罪と向き合うことができなかっただけ。
「この国のためではない、」
それに気付いたのは、たった今。
「イリーナのために、俺はライ・カーンと戦う」
それがジルの“決意”だった。
それを聞いたルイは満面の笑みを浮かべ、じゃらりっ、と鍵の束を取り出す。
「それは……?」
「ライ・カーンが持っていた鍵です。
先ほど抱きついたときにこっそり奪ってきました」
ルイは生来の気弱な性質の少年だが、手先の器用さはあった。
高飛車で気の強い姉の影響で『やるときはやる』度胸も兼ね備えている。
「ライ・カーンは宮殿で父の葬礼に関わる公務を行わなければなりません。
しばらく寺院に戻れないでしょう」
「私はこの立場ゆえ、宮殿から出ることはできません。
なのであなたに宮殿の隠し通路をお教えします。
これは皇族の中でも限られた者しか知らないものです。
宮殿から脱出し、彼の悪事の証拠を掴んでほしいのです。
毒があるなら、毒を製造するための場所と設備があるはずです。
あなたには何か心当たりがあるのではないですか?」
「あの男が、鍵がないことに気が付いたら、公務どころではなくなる」
ジルは鍵を一つ一つ確認しながら、呟く。
「時間は私が稼ぎます。さぁ、早く隠し通路へ……!」
ルイは先ほどの不安げな様子が嘘のように、力強い。
意外と彼は強かなのかもしれない。
隠し通路から宮殿を脱出したジルは、迷わずライ・カーンの寺院へ向かった。
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