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ルイの裏切り


 宮殿の中庭の東屋(ガゼボ)で、ルイとジルが向き合って座る。

 植物は切り揃えられ見晴らしが良くなっており、ここでの会話を誰かが隠れて聞くことは不可能だ。


 だが、皇太子の身の安全を確保するためなのか、中庭には兵士たちが配置されこちらの様子を常に監視している。


「兵士たちにはここに誰も近づけるなと伝えてあります。

 ライ・カーンも、ここには入ってこれません……」


 ルイは背中を丸め、手は膝に置かれ、緊張をしている様子だった。

 とても一国の皇太子であり、これから皇帝に即位をする人間には見えなかった。


 ルイはおずおずと口を開く。


「ジルカントさん、姉上を助けてくれてありがとうございます」


『権力を得るために、血を分けた弟すら殺そうとした極悪皇女』

 それがイリーナの肩書きだった。


 だが目の前にいる『極悪皇女に殺されかけた弟』は、そんな極悪皇女を盗賊から救い出して無事に宮殿まで届けた男に感謝の言葉を述べている。


 この少年の目的がわからない。


「あなたにお聞きしたいです」


 ルイは続ける。


 「神父であるあなたに聞くのはおかしな話ですが、」という前置きを挟み、


「あなたは神が存在すると思いますか?」


 神父に聞くには、愚問すぎる質問だった。

 神父だったら「はい、私は信じています」と答えるべきなのだろう。


 ジルの返答は……


「神なんていない」


 即答だった。


「いるとしたら、きっとろくでもない存在だ」


 神父失格の回答に、ルイは小さく微笑む。

 それはイリーナの微笑んだ顔とよく似ていた。


「僕はあの男が怖い」

 ルイはひときわ小さなトーンで話す。


 おそらく護衛の兵士たちに会話の内容が漏れないようにしているのだろう。


 あの男__ライ・カーンのことをルイはぽつりぽつりと語り出す。


「父上は……現在の医療では絶対治せない病に冒されていました。

 それでも父上は痛みと苦しみを薬で誤魔化しながら、皇帝としての職務を全うしていました。


 そこへ、あの男が現れた。


 あの男が祈り、『聖水』を与えると、父上の病の症状が緩和した。

 臣下たちは「神の奇跡だ」と口々に言い、父上も彼をいたく信頼した。


 でも、症状の緩和と同時に、だんだん父上の様子がおかしくなった。


 身体を動かすことが少なくなり、同時に上の空でいることも多くなって、時には幻覚や幻聴を聞くようになった。

 だんだんと正常な判断力を失い……ついにはあの男を政治の要職にまで就かせた。


 そして、父上は倒れ、意識不明の重体となった」


 ルイの顔には恐怖と、悲しみと、後悔が入り混じり、手を組み額に当て、うなだれる。

 これは彼の懺悔だった。


「父上の様子がおかしくなったのは病が進行したから、と家臣たちは言う。

 間違っても、「『聖水』の影響で皇帝の様子がおかしくなり、死期を早められた」と言う者はこの宮殿にはいない」


 ジルは目の前の少年の話を傾聴する。


「僕が気付いた時には、僕の周りには彼の息のかかった者ばかりになっていた。


 姉上は気付いていたんです……ライ・カーンの企みに。

 だから、ライ・カーンと戦おうとした。


 この国を守るために……」


 ルイが一呼吸置いて、言う。


「皇帝が一度意識を取り戻した、と言うのは嘘です。

 数少ない信頼できる臣下と協力して、姉をホロミア塔から解放するために……


 姉の姿を描いた肖像画を見て……不安になったんです。

 姉も『聖水』を飲まされていて、その影響でおかしくなっているのではないかと」


「でもそのせいで、姉上を危険に晒してしまった……」


 ルイは顔を上げる。


「お願いします、ジルカントさん」


 まっすぐとした瞳で、ジルを見つめる。


「僕と一緒に、この国を守るために、ライ・カーンと戦ってください……!」


「断る」

 ジルの答えはまたも即答だった。


「この国がどうなろうと、俺には関係がない」


 もはやジルは神父として振る舞わないどころか、目の前の皇太子であり皇帝代理である少年に敬意すら払っていない。

 ライ・カーンを裏切り、命が脅かされている状況の中、この皇太子に不敬罪で裁かれることなど、彼にとっては大したことがないのだ。


 立ち去ろうとするジルの背中に、ルイは問いかける。


「じゃあ、なぜ! 姉上を助けたんですか!?」


 その言葉に、ジルは足を止めた。


読了ありがとうございました。

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