第9話「プログラム開始」
八木さんの説明は続く。
「1.〜3.のアドバイスを実行していただければ、すでにグループでの立ち位置、得意分野は確立されていると思います。さらに、行事での活躍も印象に残っていれば、おそらくクラスメイトからは何らかの”キャラクター付け”をすでにされているはずです。」
「例えば、『先陣を切ってくれる頼りになる人』とか『誰とでも話せる顔の広い人』とか『荒削りだけど優しくて男気のある人』といったイメージですね。きっと多くのクラスメイトの共通認識として、そのようなキャラクター付けが自然と行われるはずです。この、”キャラクター”というのを早めに意識しておいてほしい、ということです。」
「キャラクターを意識するというのは・・・?」
「自分がどんなキャラクターになりそうかを見定めて、できるだけ理想のキャラクターになれるように行動し、早めにキャラクターをかためるということです。そのため、1.~3.についても自分のキャラ付けを意識しながら取り組む必要があるとも言えます。」
「自然とキャラは付くものと言えど、悪いイメージがつかないようにする必要がありますし、良いキャラ付けを早めにしておくことで、クラスでの立場をより盤石なものとすることができます。さらに、パーソナリティとして自信を持って身につけることができれば、学年が上がってクラスが変わってもそれを持ち続け、スムーズに次のクラスでの立ち位置を確保することができます。」
「なるほど・・・自分で自分のキャラを意識する、というのはしたことがなかったです」
「そうですね、普通はしていないと思います。ですが、皆無意識に周囲の人間のキャラクターは認識し、素早く判断しているものです。キャラクターが立っていることが大事ですので、理想的なキャラとまではいかなくとも、ぜひ意識して確立してください。」
「そしてこの流れで五つ目のアドバイスも合わせて説明しますね。5つ目は恋愛のアドバイスです。青春時代を充実させるには、彼女は絶対に作った方がいいです。高校時代の恋愛経験というのは一生ものですからね。そして、そのために取り組んで欲しいのが、『自分のキャラクターを好きになってくれる子を見つけて、アタックする』ということです。」
急に恋愛漫画のようなアドバイスになったが、確かに彼女作りは青春には欠かせない。
これまで見てきた青春ドラマも、必ずと言ってもいいほど、同級生と付き合うとか、告白されるという話が出てくる。恋愛要素ゼロの学園モノなど、存在しないと言ってもいいだろう。
「キャラクターを好きになってくれるというのは、さっき話した4.のキャラクターですか?」
「まさにそれです。さっきお話したキャラクター付けをベースに、その自分のキャラクターを好きになってくれる女の子を探すのが確実なのです。勉強ができるとかスポーツができる、行事で活躍していたというだけでも、好きになる女子や、言い寄ってくる女子はいるかもしれません。ですが、それだけでは恋愛を成功させるのは難しいのです。」
「仮に付き合えても、おそらく上手くいかないということです。なぜなら、キャラクターこそがその人のパーソナリティそのものであり、自分のキャラクターに惹かれた人こそ、本当に自分のことを好きになってくれた人、ということだからです。」
キャラクターを好いてくれる人、か。確かに性格や立ち位置込みで好きになってくれる人の方が、表面的なことで評価する人よりは信用できるし、親密になれそうだ。
「そして、重要なのは、キャラクターを好いてくれる人を待てばいい、という意味ではないということです。それだと、自分の意中の人に好いてもらうことが難しくなりますからね。受け身の発想であれば、好いてもらえればクリアと言えますが、自分の意中の相手が見つかった場合は、話は別です。その人を落として、彼女にするのが第一目標になります。
「ではどうやって落とすかと言うと、さっきの裏返しのやり方です。その人の好きなタイプ、キャラクターを特定して、それに合わせたキャラクターを目指すのです。4.のキャラクタ付けを、後付けで行うイメージですね。」
「そんなことできるんですか?」
「まあケースバイケースです。自分と全然違うタイプになろうとするのは、正直厳しいでしょう。でも、ある程度の範囲なら可能だと思います。要するに、あまりに自分とタイプや立ち位置の違う女子を狙うのは難しいということですね。自分が真面目キャラなのに、チャラ男が好きな女子を落とすのは無謀というのは、分かっていただけると思います。」
たしかに。身の丈に合った人を好きになることも大事ということか。
「鍵になるのは、好きなタイプを特定する、というところですね。ここを見誤るとキャラクター作りの失敗につながりますから、非常に重要です。特定と言うと難しく聞こえますが、やり方としてはとにかく『親密になる』ということです。最初は無理に異性として好かれようとせず、友達ポジションでかまいません。親密になることで、その人の性格や好みが見えて来ます。そこで、一気に自分のキャラクターを好みに近づけてアプローチをかけるんです。」
「一度友達になってしまうと付き合うのは難しい、というのも聞きますけど、平気なんですか?」
「確かにそういう傾向もあります。なので、あまりに親友レベルに親しくなるのは避けた方がいいでしょう。でも、異性の友達というのはそこまで仲良くならない限りは、普通に恋愛対象になると思います。キャラクター付けさえうまくいけば、そこはあまり心配しなくても大丈夫だと思います。」
「分かりました。まずは友達からでも、近づけるように努めます。」
「そうですね、ぜひその意気で頑張ってください!」
「さて、これで5つのアドバイスは全て説明し終わりました。これらのアドバイスを胸に刻んで、プログラムを成功に導いてくださいね。全てを100%達成するのは難しいと思いますが、60%くらい達成できれば、おそらく人並み以上に充実した高校生活を送れるはずです。」
「はい、忘れないようにします。」
「それでは、ここからは選択肢となる世界線の説明に移りますね。ここに、①〜③の世界線の資料があります。それぞれ、結構なボリュームの情報をまとめてありますので、お一通りお読みいただき、どの世界線がいいか判断イダだければと思います。」
八木さんから書類の束を渡される。
①〜③の資料に分かれており、それぞれ20ページくらいはあるだろうか。
確かにかなりのボリュームだ。
それぞれ、まずは俺自身の顔写真とプロフィール、中学までの来歴が記載されている。
家族のプロフィールや来歴、これまでの友人関係についてもまとめてある。
次に、入学する高校の概要が記載されている。高校の校舎や偏差値、部活から行事までの情報が網羅されている。
そして、同学年の生徒名簿が載っている。どのクラスになるかまではさすがに載っていないが、名簿を見れば知り合いがいるかどうかは判別できるので、有益な情報だ。
これらの情報を比較すると、まず俺自身のプロフィールは正直、どれもほぼ変わらない。
世界線が違うと言えど自分の容姿には大した差は出ず、顔は変わらない。
ただ、身長は①が171、②が178、③が174となっている。
うちは父親の背が高く、母親の背が低かったので、遺伝ガチャで世界線ごとに結果が異なっているということだろうか。これだけ見ると、②が良さそうだ。
次に来歴だが、ほとんど差がなかった。やはり、中学時代にやらかして友人を失っている、という事実はどの世界線でも変わっていなかった。
こうなると、やはり中学時代の知り合いが多い高校はやはり避けたいところだ。
家族の情報もほぼ変化はなく、友人関係も変わらなかった。
中学時代に最後まで心配してくれた友人と、好きだった人。その二人以外にはほとんど何の人間関係も残っていないという悲しい記録だった。
さて、そうなると判断材料になるのは高校の情報だ。
入学する高校は、なんと①、②、③ですべて異なっていた。
まず①は、偏差値60の進学校だ。私立で校舎も比較的新しく、設備も充実している。
部活も非常に数が多く、大抵の部活はありそうだ。
生徒数も非常に多く、クラスも10クラスもある。
友人はたくさん作れそうだな。進学校だから危険な同級生も少なそうだし、安定した高校生活を過ごせそうである。
次に②は、偏差値50の公立高校。平均レベルといったところだろうか。校舎は古めで、設備もあまり充実してはいなそうだ。
部活もそこそこの数しかない。俺が入るとすれば、中学時代にやっていたサッカー部か、あとは手ごろな文化部といったところだろうが、②の高校はサッカー部はある。
あと、文化部では文芸部と天文学部が、部員10名程度で弱小部のようだ。
あえてこの辺の部活に入って、放課後のんびりと過ごすというのもありかもしれない。
学園アニメではあるあるの、ご都合主義的な部活動だ。
最後に③。偏差値56の公立高校。そこそこの学力という感じだ。校舎はそこそこ綺麗で、設備も最新とまでは言わないが、悪くはなさそうだ。
部活は一通りの部活はありそうだった。サッカー部はあるし、文化部だとパソコン部、歴史研究会、生徒指導部といった弱小部活が存在している。
生徒指導部ってなんだ・・・?生徒指導は先生の仕事だと思うが・・・。
ここまでを総合すると、①は高校の施設面では最もよく、②は施設はいまいちだが、身長が高くルックス面で少々優れている。③は可も不可もない、という感じだった。
最後に、同学年の名簿を見てみよう。
これは、世界線によってかなり違っているようだ。
出てくる名前が全然違う。だが、顔写真があるわけではないので、正直名前を見たところでどっちがいいメンバーだといったことは判断できない。
中学時代の知っている名前を探してみよう。
①の高校には9名、②の高校には7名、③の高校には3名、同じ中学のやつがいた。
そして、なんと全ての高校に共通して、中学時代の親友の名があった。
あいつとはどこまで縁が切れないのだろう・・・。どうあがいても同じ高校になる、ということだ。
今度こそ、手放さないようにしなければいけない。
中学時代のことをどう思っているかは不明だが、再び良き友人になれればいい。
ただ、一方で中学時代に好きだった人の名は、どの高校の名簿にもなかった。
もしかしたら再会できるかもとどこかで期待していた俺にとっては、ショックだった。
俺の中では大きな心残りとなっていたが、あちらにとってはそうでもないのかもしれないし、未練がましく考えるのはやめよう。
恋愛に関しては新たに意中の女性を見つけ、好きになってもらうことを考えよう。
さて、ここまでの情報を踏まえると、名簿としては③が良さそうだ。
中学時代の知り合いが3名しかいなければ、ほぼ悪影響を及ぼす心配はない。
幸い、親友の一人を除くと、あとの2名はあまり関わりのない人間だったので特に過去のことを蒸し返されることもなさそうだ。
「どうですか、一つに決められそうですか?」
八木さんが尋ねてくる。
「そうですね・・・。思ったよりも大きな違いはなかったですが、高校が全く別の高校なので、そこで少しどこが良いか迷っています。」
「なるほど。確かに高校生活を過ごす上で、どんな高校に入るかというのは重要ですね。ですが、高校生活を成功させるのに最も重要なのは、真田さん自身がどう振舞うか、ですよ。そして、先ほどお話しした5つのアドバイスをどれだけ実行できるかが、そのことに大きく影響します。」
「先ほどのアドバイスは、どんな高校であろうと通用することです。高校の施設や偏差値といったことよりは、真田さん自身がどの高校で、どんな友人を作っていくのが一番イメージしやすいかを大切にしてくださいね。ここでなら自分のキャラクターを確立して、上手くやっていける、という気持ちです。最後は直感ですね。」
最後は自分が決める、ということか。
確かに、高校がどこであろうと、結局どう過ごすかは俺次第だ。
とすれば・・・。
「・・・分かりました。決めました。」
俺は決心した。これ以上迷っても仕方がない。
「もう大丈夫なんですね?では、お聞きしましょう。どの世界線に移りますか?」
「③の世界線で、お願いします。」
③の世界線は、ルックスも学力もそこそこ。高校の設備もそこそこだ。
だが、決め手となったのは中学時代の知り合いが少ないということ。
さらに、生徒数も少なめで、5クラスしかないというのも好印象だった。
多くを望みすぎず、限られた人数の中で、過去の人間関係は一新した上で、再スタートを切る。
俺は青春時代を送り直すには、③の高校が最適だ。
「分かりました。③は、藤ノ宮高校ですね。・・・いい高校を選んだと思います。きっとこの世界線なら、真田さんは上手くやっていけるはずです。」
八木さんが微笑みながら話す。
俺自身も、なぜか上手くやってける気がするという自信が湧き出していた。
「さて、それではこれから、転移装置に入っていただきます。」
「私がスイッチを押したら、真田さんはもうこの世界線から転移し、二度と戻ることはできません。高校1年生の入学式の日から、再スタートです。」
「・・・はい。」
「準備はよろしいですか?」
プログラムへの参加を決めた時から、俺の気持ちは変わらない。
一刻も早くこの世界線から抜け出して、別の世界線で高校生活を送りたい。
最高の青春時代を送り、胸を張って人生を過ごしたい。
「はい、お願いします!」
八木さんに案内され、俺は実験室の奥の転移装置に入る。
蓋が閉まり、窓からわずかに外が見える。
ついに、この時がきた。
「それでは、転移装置を作動します。真田さんはそのままじっとしていてください。まもなく、体が宙に浮かぶような感覚になり、やがて意識を失います。そして目覚めた時には、別世界線で、高校1年生の体になっているはずです。」
八木さんの説明が外からかろうじて聞こえる。
装置の中は狭いが、不思議と心が落ち着いた。
俺は覚悟を決め、目を閉じる。
「それでは、装置を作動します。」
「真田 悠人さんの『青春再取得プログラム』、開始いたします。最高の青春時代を過ごせることを、心よりお祈りしています。いってらっしゃい!」
八木さんの言葉が終わると同時に、装置が作動される。
機械の起動音とともに、装置内に張り巡らされたコードが光り輝く。
そしてその直後、目を閉じていても分かるほどの激しい閃光が生じた。
強烈な光の中、装置ごと体が吹き飛んだ感じがした。
俺はもしかして死ぬのか・・・?
そんな不安に駆られながらも、意識が遠のいていった。
これは夢だろうか。これまでの人生の走馬灯が浮かび上がる。
生まれてすぐの時。抱き上げられて、両親の笑顔が見える。
近所の公園で遊んでいる。
小学生になって授業を受けている。運動会や、遠足の風景。
中学に入った。友達と家でゲームをして遊んでいる。
サッカーの練習。放課後の帰り道、歩いている景色。
卒業式。一人で帰る道。それから俺は・・・。
あれ。それから俺はどうしたんだ。
中学卒業後の記憶が、なくなっていく。
俺は高校に進んだのだろうか。いや、進まなかった。
高校に行きたかった。孤独になりたくなかった。
もう一度、あの時からやり直したい・・・。
・・・。
やがて、まぶたの上に優しい光が当たるのを感じた。
それは、穏やかな春の陽射しのようだった。
階段を忙しなく駆け下りる音がする。家族がもう起きているようだ。
母の声が遠くから聞こえる。「起きてるー?」と尋ねているような気がする。
そうだ、起きなければ。今は何時だろう。
俺はまぶたを開き、慌てて枕元の時計を掴む。時刻は、7時15分。
遅刻する時間ではなさそうで、安堵する。
あれ、今日は何曜だったか。何時までに学校に行くんだっけ。
そもそも俺は、中学生、高校生・・・?
ベッドから飛び起きて、鏡に移る自分の姿を見る。
間違いなく、俺は高校1年生の姿だった。
そうだ、今日は高校の入学式の日。
俺は、高校生活最初の日に、戻って来たのだ。