第8話「5つのアドバイス」
数名が相楽さんに案内され、会議室の外へと連れられて行った後、俺の順番が回って来た。
「真田 悠人さん。ご案内いたします。」
「はい」
名前を呼ばれ、立ち上がる。相楽さんに導かれ、会議室の外に出る。
エレベーターホールまで行ったところで、白衣を着た別の女性の研究員が立っていた。
「それでは、お願いしますね。」
相楽さんは研究員に一言かけ、会議室へと戻って行った。
ここからはこの研究員が実験室まで案内してくれるらしい。
ショートカットで、髪の毛は明るめの茶色。20代後半くらいだろうか。
相楽さんよりも親しみやすい印象のある女性だ。
「真田さんですね。」
「はい、そうです」
「プログラム参加いただき、ありがとうございます。私は、研究員の八木と申します。真田さんの担当として、このあとご案内させていただきますのでよろしいお願いします。」
「はい、よろしくお願いします」
やがてエレベーターが乗って来て、八木さんとともに乗り込む。
八木さんが3Fのボタンを押す。
どうやら、3Fの実験室に案内されるようだ。
「この後、転移装置がある部屋までご案内しますので、そこで世界線転移にあたっての最終確認と、アドバイスをお伝えさえていただきます。そのあとは3つの選択肢から世界線を選んでいただき、転移を行います。」
「私は最後の転移の瞬間まで見届けさせていただきますので、この世界線で最後に話をするのは私、ということになりますね。」
八木さんが笑いながら語りかける。
俺は思わず、愛想笑いをして「そうですね」と答える。
やはりこの人は相楽さんよりもだいぶフランクなタイプだ。
少し苦手なタイプかな、とも思ったが、世界線を転移する直前は、こういう人と話していた方が案外気分が紛れるかもしれない。
話をしているうちに3Fに到着し、八木さんに連れられ、実験室に入った。
実験室はそんなに広くなく、10畳くらいで、様々な機材が置かれている。
奥には横になった人が一人入れるような装置が置かれている。
縁起でもないが、棺桶のような作りになっていて、ふたが開閉するようだ。
頑丈そうな作りで、周囲には複雑な機械がコードで繋がれている。
「あちらにあるのが転移装置です。あそこに横になって入っていただき、ふたを閉めて、装置を作動すると世界線を転移することができます。信じられないかもしれませんが、案外簡単な作りになっています。」
八木さんが楽しそうに説明する。
確かに信じがたいが、もはやここまでくるとどんなことでも信じてしまいそうだ。
俺は八木さんに促され、実験室の手前の方に置いてある椅子に座り、八木さんがテーブルを挟んで向かい合う形で、もう一方の椅子に座った。
「さて、それでは説明に入りますね。」
「まず、世界線転移までの流れと留意点を改めて確認します。このあと、プログラムの開始に先立ち、私から、高校生活をより充実したものにするための5つのアドバイスをさせていただきます。これまでの実験結果に基づき導き出した究極のアドバイスですので、ぜひ胸に刻み込んでくださいね。」
「その後、転移先候補の3つの世界線を紹介させていただきます。ここでは、それぞれの世界線の真田さんのプロフィールと、高校の概要や同学年の生徒名簿情報を提供させていただきます。そして、転移したい世界線を一つ、選んでいただきます。」
プロフィールから高校の名簿まで見せてくれるのか。これはかなり有益な情報だ。
だが、逆にいうと世界線ごとに俺自身のプロフィールも微妙に変わっているということだ。どの自分になりたいか、心して選ぶ必要がある。
「そして世界線を選んでいただいたら、そこにある世界線移転装置に入っていただきます。その後、装置を作動するとまもなく、別世界線へ転移され、プログラム開始です。」
「なお、すでにお伝えしている通り、元の世界線に戻ることはできません。また、転移先の世界線で高校3年間を過ごした後は、その世界線で人生を送っていただくことになります。今よりも素敵な社会人になれるよう、ぜひ頑張ってください。3年間を終えて、今の世界線と変わらないとか、今の方がましだったと思うのは悲しすぎますかね・・・。」
八木さんが悲しそうな顔で話す。
おそらくこれまでの参加者にはそういうやつもいたのだろう。
仮に完璧な青春時代は送れなくとも、やり残すことのないように全力で尽くしたい。
3年間もの時間を過ごして、後悔するのだけはごめんだ。
「はい、それではここからはお待ちかねの、高校生活を送る上でのアドバイスをさせていただきます。全部で5つ、順番に説明していきますね。」
八木さんがここで手元のファイルから書類を取り出す。
アドバイスについては資料を見ながら説明するようだ。
「では、まずは一つ目のアドバイスです。それは、『まずはクラスの構造・流れを意識し、上位のグループで立ち位置を確保することです』」
「構造と流れ・・・?」
俺は思わず聞き返す。
「そうです。高校のクラスというのはいわば社会の縮図です。そこには必ず集団の構造や流れというものが存在します。」
「具体的には、クラスは大体3名〜10名程度の、5~10個のグループで構成されます。それらのグループはクラスが決まった日から徐々に形成され、一度かたまるとグループ間で編成が変わることはほぼありません。グループは基本的に男女別で編成され、成績や部活、性格などの属性が近い人同士で組まれることが多いですね。」
「入学式を終え、クラスが決まったらすぐに行うことは、クラスのメンバーの中で誰が中心人物、いわば上位グループを形成する人物となりそうかということ。そして、すでに仲の良い集団や雰囲気の近い集団など、グループが確立しつつある集団を確認します。その中で、自分がどのグループなら違和感なくやっていけそうかを考え、出来る限り上位のグループを自ら編成し、かためていくのです。」
「初対面の人がほとんどでも、誰が中心になりそうとか、グループになりそうというのは分かるものなんですか?」
俺は素直に疑問をぶつける。
「そうですね、案外分かるものですよ。中心人物になりそうな人は、大抵周囲の人にすぐに話しかけたり、すでにクラスに多くの知り合いがいたりする人が多いですね。あとは人気の高い運動部に入る人や学級委員に立候補するような人も多いです。入学後1週間くらいの行動を見れば、ほぼ確実に判断できます。
「グループについても、そういった中心になる人を核にしていくつかのグループがまず作られます。その後、大きなグループの中で気の合う同士でより小さいグループにいくつか分かれていくのが一般的です。このような”流れ”を掴みながら、乗り遅れないように上位のグループに入り込むのです。そして、できれば先導して自らが核になるのがベストですね。」
「なるほど・・・。」
グループ構成と流れを掴み、上位グループの核となる。
こんなことを意識して高校生活を送っている者は少ないだろうが、きっと核になるような人は無意識に周囲の人を巻き込み、グループを作る力を持っているのだろう。
これを意識的にやるだけでも、他の人よりリードできるのは間違いないだろう。
「以上が一つ目のアドバイスです。このアドバイスはクラスで浮かずにやっていく上での土台にもなりますので、入学直後からぜひ前提としておさえていただければと思います。」
「それでは二つ目のアドバイスを説明します。二つ目は、『勉強・スポーツ・会話力の3つのスキルをバランス良く高める』ということです。」
「勉強・スポーツ・会話力・・・。バランスが大事というのは分かりますが、ルックスとかは入らないんですね。」
「はい、ルックスは皆さん重要と考えがちですが、正直そこまで重要ではありません。極端に悪いルックスや清潔感があまりに無い場合というのは例外的に問題になりますが、そのレベルでなければ正直、ルックスは絶対条件ではありません。」
「まず勉強について。高校生の毎日の活動の大半は授業を受けることで、すなわち勉強することです。さらに、勉強は能力値がテストの点数として明確に数値化されますから、カーストを決める重要な要素になり得ます。」
「勉強ができるだけで、周囲に頼られる一要素になりますし、何より3年生から本格化する受験勉強において欠かせない能力です。自らの進学先の大学や将来にも影響するので、青春という話とは少し離れるところもありますが、やはり重要な能力です。」
「そして、スポーツ。これは、別に必ず運動部に入れとか、スポーツをバリバリやれと言っているわけではありません。ただ、スポーツをそつなくこなせることは、日々の体育の授業と、高校生活の最重要行事の一つ、体育祭での活躍に大きく影響します。スポーツ万能でいじめられている生徒を見たことはありますか?おそらくないと思います。それだけ、スポーツができるのは重要ということです。」
「あと、スポーツができると女子からモテますしね。」
八木さんがニッコリと笑う。
冗談っぽく言っているが、モテるのは確かに重要だ。モテることで男子からも一目を置かれるしな。
「勉強は一応通信制高校で一通りやっていますし、その記憶も次の世界線に引き継げるということでしたから、多分大丈夫です。スポーツも、中学まではサッカーをやっていたし、わりと得意な方なのでおそらく平気かなと」
「素晴らしいですね!そのポテンシャルがあれば、とりあえず不安はなさそうです。」
八木さんが安心した様子で答える。
真剣に俺が高校生活を成功させることを願ってくれているようで、少し嬉しくなる。
「さて、最後の会話力ですが、これは話の面白さや流行への敏感さ、空気を読む力などを総合して会話力、と表現しています。面白い人とか、話題が多い人は大抵会話の輪の中心にいますからね。」
なるほど、確かにそうだ。話が面白いだけでクラスでは人気者になりやすい。
小学校や中学くらいまではただひょうきんなだけでも良かったのだろうが、高校になると面白いだけでなく、色んなことを知っていて聞き上手だったり、空気を読んで会話を進行できるやつが好かれる。それが”会話力”があるということだろう、
「会話力は一番難しそうな感じがしますが、確かにかなり大事だと思います。ここ数年ほとんど人と話してこなかったので、これは鍛えないと厳しいかもしれないです・・・。」
「そうですね、会話力は一番難しい要素だと思います。勉強やスポーツほど分かりやすい能力ではなく、鍛え方も明確なものがありません。ここは、かなり意識して取り組まないといけないですね。」
「必要な能力について分かってもらったところで、三つ目のアドバイスに移りましょう。三つ目は、『主要行事で存在感を発揮する』」ということです。
「今までと比べるとかなりシンプルですが、基本的には体育祭、文化祭、修学旅行という高校3大行事で、なんらかの活躍をして爪痕を残すということです。これらの行事は卒業アルバムや同窓会の話題でも常に中心になり、卒業後の思い出という意味でも重要です。後悔しないためにも、確実に3年間もれなく、こなしてほしいところですね。」
学校行事・・・。正直、苦手意識はある。高校が通信制で行事がなかった俺にとってはほぼ未知の領域であるし、集団行動の花形のようなものだ。ミス一つでクラスからはじき出されることも考えられる。
「学校行事で活躍するコツはなんでしょうか・・・?もちろん、積極的に参加するようにはしますが」
「そうですね・・・。積極的に参加することは前提です。その上で、重要なのは”役割の確保”ですね。例えば、分かりやすいのは実行委員になること。あとは、体育祭だとリレー選手や騎馬戦の大将など、中心的な役割を担えば、当然存在感は発揮できます。逆にいうと、文化祭の演劇の脇役や体育祭の障害物走の走者などになって、果たして存在感を発揮できますでしょうか?」
「・・・おそらくほぼ不可能でしょうね。それほど役割は重要ということです。ですので、まずは行事前の役割決めの会議で、ある程度重要な役を得ること。そこを達成できれば、8割は達成と言ってもいいかもしれませんので、ぜひ積極的に手を挙げて勝ち取りましょう。」
「分かりました。頑張ってみます」
正直主役級になるとそれだけ失敗できないということもあるし、少々怖気付いてしまうが、少なくとも地味な役で終えることだけは避けたいので、役割決めの際は全力を尽くすようにしよう。
「はい、それでは4つ目のアドバイスです。これは実はこれまでの3つのアドバイスとも、5つ目のアドバイスともかなり関連してきます。」
「それは、『1.~3.を通じて自分のキャラクターを確立する』ということです。」
「これは最も重要なことであり、かつこれを達成できればほぼ高校生活は安泰と言えますので、ぜひ目標としてみてください。」
八木さんは真剣な顔で話す。
その様子に、俺はこれまでよりもさらに前のめりになって、説明に耳を傾けた。