第7話「所長の言葉と追憶」
プログラムへの参加を決心した俺は、まだ休憩時間が15分ほど残っていたので、会議室の外を見て回ることにした。
会議室から外に出る。同じフロアには他にもいくつか会議室があるようだった。
どの会議室もカードキーがないと立ち入ることができず、金属製のドアが固く閉ざされているため、部屋の中を見ることはできなかった。
やがてエレベーター前にたどり着いた。エレベーター前にはカードリーダーのようなものが設置されており、横にボタンがついている。ボタンを押してみるが、反応しない。
どうやら社員IDカードがないと作動しないようだ。別の階に行くなら非常階段を使うしかなさそうだ。
エレベーターの横にフロア案内が掲示されている。
このフロアは4Fだ。
研究所はB2Fから6F+屋上まである。
B2Fは地下駐車場と倉庫。
B1Fは特殊実験室A,B,Cと書いてある。
何やら物騒な響きだ。おそらく特殊な設備が設置されているのだろうか。
地下なので防音性も高いだろうし、やばい実験をやっていてもおかしくないな・・・。
1~4Fには会議室と実験室がそれぞれ数個ずつ。
5Fには所長室と来賓室、資料室がある。
6Fには食堂と売店、事務室がある。
一般的な研究所と大きくは変わらなそうだ。
しいて挙げるなら、やはりB1Fの特殊実験室と5Fの所長室や資料室は怪しそうだ。
国立研究所らしいし、おそらく国家機密レベルの情報や機械が転がっているのだろう。
そもそも今回のプログラムの世界線転移の装置だって、にわかには信じがたい代物だ。
公表すれば世界中で瞬く間にトップニュースになりそうなものだが、実は各国政府はこんな高度技術を開発していて、機密技術として持っているのが当たり前なのだろうか。
というか、別世界線への転移ってどうやってやるんだ?
専用の機械があると言ってたが、どんな機械でどうやって転移するのだろう・・・。
そんなことをエレベーター前で考え込んでいるうちに、エレベーターランプが点灯し、チーンというおなじみの音がフロアに鳴り響いた。
エレベーターからは、相楽さんと、白衣姿の中年の男が出て来た。
「みなさーん、まもなく休憩時間終了ですので会議室に戻ってくださいね〜」
相楽さんが歩きながら、周囲の参加者たちに声をかける。
もうそんな時間か。
相楽さんは会議室へと歩いていく。それに並ぶ形で、エレベーターから出て来た中年男性も会議室へと歩いている。
このおっさんは何者だ?ちらっと顔を見ただけだが、白髪頭に無精ひげで、独特なオーラを放っている。
研究者らしい見た目だが、異質な貫禄を放っている。
ただのイチ研究者という感じではない。
他の参加者が次々と会議室へ戻っていくのを見て、俺も慌てて会議室へと戻った。
参加者全員が席についたところで、相楽さんが話を始める。
「さて、皆さん戻りましたね。では、参加するかどうかを伺う前に、ここで紹介したい方がいます。当研究所の所長、イサギ所長です。」
相楽さんの隣に立っている、さっきのおっさんが口を開く。
「・・・どうも、イサギです。この研究所の所長をやっています」
「この『青春再取得プログラム』は私が立ち上げたものです。このプログラムはすでに100回以上実施されておりますが、私は毎回、プログラム参加者たちを見届けています。」
すでに100回以上行われているのか。
俺たちが実験初期の試験材料ではないことに少し安心したが、同時にすでにそれだけの回数行われているにもかかわらず世間に全く知られていないことに、やはり見えない強大な力が働いていると感じる。
「私が毎回見届けているのは、皆さんが生まれ変わろうとする決意の瞬間に立ち会いたいというのが大きな理由の一つですが、もう一つ理由があります。」
「今から決意の時を迎える皆さんに、私から一つ、皆さんにやってほしいことがあるのです。それは、『みなさんの理想の青春を思い浮かべてみる』ことです。」
理想の青春を思い浮かべる・・・。
それにどんな意味があるのだろう。
「これからみなさんは青春を取り戻す旅に出ます。その度を成功させるにあたり、最も大切なことは、どんな青春時代を送りたいか、を明確にイメージして高校生活に臨むことなのです。二度と後悔しないためにも、皆さんには、自分がしたいと思う通りに過ごしてほしい。」
「そのために、今一度、これまでずっと思い描いて来た、『理想の青春』を頭に浮かべて欲しいのです。あなたは高校時代に何がしたかったのか。これから、この『青春再取得プログラム』で何をしたいのか。答えは一つになるはずです。」
「もし思い浮かばない人は、プログラムを辞退することをおすすめします。強い望みを持つものだけが、それに見合う結果を手にすることができる。これを忘れないでください」
イサギ所長の言葉は、特に夢や希望もなく人生を無為に過ごして来た俺たちに突き刺さるものだった。
俺が望んでいる青春。過ごしたかった青春時代・・・。
俺の人生は、どこで間違ったのだろう。思えば、最初は順風満帆だった。
小学校時代の俺は、テストはいつも高得点。外で遊ぶのが好きでスポーツもそこそこ得意。ひょうきん者だった俺は、いつも友達に囲まれていた。
努力をしなくても何もかもなんとかなっていた時代だ。
それから中学時代。地元の中学に進んだ俺は、小学校の友達とつるんでサッカー部に入って、勉強もそこそこに中学校生活を満喫していた。
成績は中の中くらいだが、友人は多い方だった。おそらく好き合っていた女子もいた。
そして、体育祭や修学旅行、すべての行事に本気で取り組んで、本気で楽しんでいた。
何より、毎日が楽しかった。
それが卒業まで続いていれば・・・俺の人生は全く違っていただろう。
中学3年の夏。
俺は友人たちと些細なことから言い合いになって、全員を敵に回してしまった。
次第に俺の周りから人が離れて、クラスでも浮いた存在になっていった。
そして卒業式の日、俺は自分の情けなさにいたたまれなくなって、
式が終わると同時に、中学を後にした。
あの時、最後まで俺を諦めずに声をかけてくれた二人。心から好きだった人と、かけがえのない友を、俺は自ら見捨てたのだ。
それ以来中学時代の誰とも会うことのないまま、俺は知り合いと絶対に会わないように通信制高校に進み卒業、今のアルバイト生活に至ったのだった。
俺が青春時代に置いて来たもの。もしまともな高校時代があったなら、やりたかったことはなんだろう。
それは、中学の時と同じように、ただ楽しむこと。勉強や部活や行事に追われながら、周囲の友人と一緒に、つつがない日々を送ることだ。
そして、好きな人と大切な友を絶対に手放さないこと。
違う世界線で違う高校に通うのだから、同じ人にもう一度出会うことはおそらくないだろう。
それでも、次の世界線で好きになる人と、心を通わせた友のことは、大切にしたい。
これが俺の願う、青春だ。
決意を固めたその時、相楽さんが参加者に告げる。
「それでは皆さん、約束の時間です。プログラムに参加するか、辞退するかを、答えていただきます。」
相楽さんが席を順に回り、参加確認していく。
参加する者はそのまま席に残り、辞退した者は荷物をまとめ、会議室から退出していく。
やがて俺の番が回って来た。
相楽さんが俺に尋ねる。
「真田 悠人さん。プログラムに参加しますか、辞退しますか?」
俺は迷いなく答える。
「・・・・・・参加します。」
「はい。承知しました。」
相楽さんは笑顔でうなづく。
その後、全参加者への確認が終わり、部屋に残った参加者は9名だった。
元の19名のうち、10名はプログラムを辞退した。
そして、相楽さんがマイクを持ち、アナウンスする。
「・・・みなさん、回答ありがとうございました!辞退した方々は残念でしたが、残った方々は9名。半数を少し切ってしまいましたが、まあまずまずの参加者と言っていいでしょう。皆さんには、残る決断をしたことを誇りに思って、プログラムをぜひ成功させて欲しいと思います。」
「それでは、これから順にプログラムを実施する実験室へご案内いたします。」
もう後戻りはできない。ついにプログラムが始まる。
気がつけば俺は、新たな世界線で高校生活をスタートする、その時を心待ちにしていた。