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第6話「迷いと決意」

 相楽さんがプログラムのリスクについて、話し始める。





 「このプログラムに参加する上でのリスクは、3つあります。」



 「一つ目は、『プログラムに参加し、別の世界線に映った場合、二度と元の世界線には戻れない』ということです。」




 「プログラムへ参加することを決めた後は、私たちが用意した機械を用いて別世界線に移っていただき、高校1年生の入学式からやり直してもらいます。しかし、その世界線は別の世界線です。同じ”あなた”ではありますが、現在の世界線とは、様々な面でわずかに異なっている可能性があります。」




 「例えば、家族や友人との思い出や関係性、持ち物や街の様子などが今とは違っている可能性があります。平行世界では現在の世界線とは大きな違いは生じませんので、住んでいる場所が全く違うとか、家族が別人とか、そういったレベルの違いは生じません。ですが、日常のあらゆることが少しずつ違っていたり、もしかしたらあなた自身の身長や容姿などもわずかに違っていたりするかもしれません。それがもし気に入らなかったとしても、その世界線で高校3年間を過ごし、そしてその後の人生を歩んでいかなければなりません」


 「要するに、現世界の自分や周囲のものに愛着がある人は、少し辛い思いをするかもしれないということです。」




 今の世界線とのわずかな違いがあちこちに生じている。

 

 これは思い出や思い入れのあることが多い人生を歩んでいる人にとっては、かなり辛いことなのかもしれない。

 長い時間をかけて大切に築き上げて来た人間関係や成功体験が突然失われてしまうのは

耐えがたいと考える人もいるだろう。



 

 だが、このリスクは俺や、ここにいる参加者たちにはあまり関係ないことかもしれない。


 俺たちは充実した青春時代を送っていなければ、現在も充実した日々を送ってもいない。

 大切な友人や忘れられない思い出など、ほとんど持ち合わせていない。

 

 そんな俺たちにとっては、このリスクはあまり重要ではなさそうだ。



 

 相楽さんは説明を続ける。




 「では、二つ目のリスクの説明に移りますね。二つ目は、『必ずしも充実した青春時代を過ごせるとは限らない』ということです。」




 「皆さんは、これから青春時代、高校3年間をもう一度過ごすことになります。きっと、今度こそ後悔しないように、と強い決意をかためている方もいるでしょう」




 「しかし、これまでたくさんのプログラム参加者を見届けて来た私たちから一つ忠告をさせていただくと、『人は同じ過ちを繰り返す』ということです。」

 


 

 突然の残酷な宣告に、思わず一同は顔を上げて相楽さんに注目する。




 「・・・これから素晴らしい青春を取り戻そうとしている方々に水をさすようなことを言って申し訳ないのですが、これは事実として皆さんに伝えておきます。」




 「人はどれだけ注意しても同じ失敗をしてしまうことがあるものです。皆さんも経験があるでしょう。どれだけ対策をしてもうまくいかない時はうまくいかないものです。このプログラムも、成功率がすごく高いわけではないということをご理解ください。再び高校を辞めてしまったり、不登校になってしまう方もいます。」 



 「ただ、間違いなく言えることは、対策なしに挑む普通の高校生活よりは、遥かに充実したものにできる可能性は高いということです。すべては皆さんの努力次第、ということです。一度青春をつかみ損ね、そして青春を渇望している皆さんだからこそ、大きな成功を収めることができるはずだと、私たちは信じています。」




 「さらに、一つ朗報があります。皆さんには、プログラム開始前に『高校生活を充実させるコツ』を伝授させていただきます。私たちの長年の研究を経て編み出されたコツですので、ぜひ心して聞いてくださいね。成功率をグッと高めることを保証します!」




 相楽さんは明るい調子で話した。

 

 コツを教えてもらえるのはありがたいが、なんとなく胡散臭さを感じる・・・。

 

 まあ、せっかくのアドバイスだ。聞いておいて損はないのだろう。




 「このコツについては、プログラム参加を決定いただいた後で、プログラム開始直前に伝えさせていただきます。ですので、午後のお楽しみとさせていただきますね。」




 「さて、それでは最後のリスクの説明に移ります。最後の一つは、リスクというよりは注意点ですね。」




 「それは、移行先の世界線のことです。移行先の世界線は、実は候補を複数用意していて、その中から選んで移行してもらう流れになります。」



 

 「その選択肢となる世界線ですが、私たちの方で参加者の方々それぞれに、3つずつご用意をしております。皆さんにはその3つの中から1つを選んでいただきます」




 3つの中から一つを選ぶ。某ゲームの最初の3匹しかり、こういう時は3つから選ぶというのがセオリーなのだろうか・・・。

 

 もっとたくさんの選択肢から選べるなら、と考えてしまうが、選択肢がないよりはマシだろう。




 「皆さんには、3つの世界線における、皆さん自身のプロフィールや主なステータス情報を紹介させていただきます。それを見た上で、どの世界線が最も良い高校生活を送れそうか考え、選んでいただきます。」




 「世界線は特に私たちからおすすめすることはありませんので、あくまで皆さん自身で3つの中から一つを選んでいただきます。運命を左右する、重要な選択なのでぜひ心して選んでくださいね。」




 「この選択は、プログラム参加を決定した皆さんに、プログラム開始直前の”コツ”伝授後に行っていただきます。アドバイス内容を踏まえてよく考えた上で選択していただければと思います。」




 どんな世界線に移れるのかを見てからプログラム参加を決めることはできないということか。

 

 参加を決断した後で、選択肢の3つの世界線を見てみて、どれも悲惨なものだったとしても後戻りはできないのだ。

 

 これは人生を賭けた、中々のギャンブルである。




 参加者一同の中で少しのざわめきが起きた後、やがて会議室は静寂に包まれた。


 皆プログラムに参加するかどうかをいよいよ真剣に考え始めたようだ。

 ここまでの情報を踏まえて、手放しで参加するとすぐに決められる者はおそらく少ないだろう。


 


 今の世界線には戻れない、必ずしも充実した高校生活を送れるとは限らない、どの世界線に移るかは3つの候補から選ぶことができるが、内容は参加を決めるまでは不明。

 

 以上の3つのリスクを踏まえて、俺たちはこのプログラムに参加するかどうかを決めなければならない・・・。




 しばらく静寂が続いたあと、相楽さんが口を開く。




 「さて、リスク・注意事項の説明は以上です!」




 「このあとの流れですが、ここまでの説明で話してしまいましたね。皆さんには1時間の休憩後、プログラムに参加するかどうかを決めていただきます。」


 「その後、参加者の方々には別室に移動いただき、機械の準備および”コツ”の伝授をさせていただきます。そして、3つの世界線の候補を閲覧いただき、どの世界線にするかを決定していただきます。




 「そこまで完了したら、機械を皆さんに繋ぎ、選択した世界線へ皆さんを転移します。その瞬間、現在の世界線からは切り離され、皆さんはもう戻ることはできなくなります。」


 「そして目が覚めると、皆さんは別の世界線で高校入学式の日の朝を迎えます。そこからが皆さんの青春再スタートです!」




 「以上がこの後の流れです。それでは、これより30分間の休憩に入ります。会議室から廊下への出入りは自由ですが、当研究所から外には出ることはできません。この時間を、プログラムに参加するかどうかのシンキングタイムとして使っていただければと思います。」




 「辞めるならこれが最後のチャンスですので、よく考えて決めてくださいね。それでは・・・また30分後にお会いしましょう!」




 相楽さんは笑顔で説明を終え、そのまま会議室を出て行った。



 

 


 最初はとても信じられず、疑心暗鬼で聞いていた相楽さんの説明も、気がつけば終了していた。


 


 世界線の移行という信じがたいカラクリを隠していたこのプログラムは、普通の人間ならばまず信じることはないだろう。


 だが、詐欺やドッキリの類にしてはあまりに立派すぎる研究所と、相楽さんの異様に現実味を帯びた説明を聞いた私たちは、いつしかこのプログラムに引き込まれ、真剣に参加するかどうかを考え込んでいた。


 


 正直、全てを信用しきったわけではない。

 

 この後、別室に移るや否や、「ドッキリでした!」と言ってテレビカメラが入ってくるのかもしれない。

 はたまた、怪しい契約書にサインを迫られ、講習料を要求されるかもしれない。

 

 それか、もし本当にプログラムが存在していても、転移に失敗して命を落とすかもしれない。




 だが、それでも。もし嘘だったとしても、このプログラムを諦めきれなかった。

 

 信じられない話だし、危険やリスクを伴う。成功の保証があるわけではない。



 

 それでも、このクソみたいな日々から、この世界線からおさらばできるなら。


 夢にまで見た、青春を手に入れられる可能性が、0%から0.01%にでも上がるのなら。




 この「青春再取得プログラム」は、命を賭けるには十分だろう。


 


 

 

 気がつけば、俺はプログラムへの参加を決意していた。


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