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第5話「別世界線への移行」



「別世界線への移行と聞いて、皆さん驚いたかもしれません。ですが、そんなに難しい話ではないので、順を追って説明しますね。皆さんの今までの常識からすると理解できないことかもしれませんが、しっかり説明を聞いてもらえれば、意味をお分かりいただけるはずです。」




 相楽さんは説明を続ける。


 やはり彼女は研究員なのだろう。

 研究内容の話になるにつれて、研究者としての本能がうずくのか、心なしか語気が強まってきている。

 これは彼女の研究成果の一つであるに違いない。

 「早く話したい」という気持ちが見て取れるくらい、目の奥を輝かせながら彼女は話し始めた。

 



 「私たちはまず、どうすれば青春時代、具体的には高校時代の3年間をやり直してもらうことができるかを考えました。第一案として挙がったのが、過去にタイムスリップしてやり直す、ということでした。」



 

 「しかし、タイムスリップは技術的には不可能ではないものの、過去へ干渉し、現在を変えることは不可能です。これはタイムパラドックスと呼ばれています。」




 「たとえば、過去に行って自分の親を殺した場合、自分は生まれてこなくなる。そうすると、現在の自分の存在は消えるでしょうか?


 「答えは、消えない、というより親を殺すことはできない、が正解です。なぜなら、自分が存在しているからこそタイムスリップすることができたわけで、親を殺してしまうとそのタイムスリップした事実自体が消えてしまうからです。このパラドックスがあるため、タイムスリップして歴史を変えることはできないと言われています。つまり、タイムスリップはあくまで現在を起点として過去に戻るため、現在の世界を変えてしまうような過去への干渉はできないとされているのです。」




 そもそもタイムスリップというアイデアが挙がったこと自体に驚きを隠せないが、説明していることはわかる。


 現在の世界と矛盾する出来事は起きないようになっていて、最終的には現在の世界は同じような状態に行き着くということだ。

 過去に行って少し何かを変えたとしても、現在の世界に至るまでにその変化は時間の流れの中で歪められ、結局元の世界と変わらないように帳尻が合うようになっているというやつだ。



 「このタイムパラドックスの問題があるため、仮に過去、青春時代に戻れたとしても、そこでどう頑張って充実した生活を送っても、現在の生活は変わらないのです。つまり、参加者のみなさんがいくら青春時代を変えようとしても、現在に戻ったら今と同じ退廃した社会人生活が待っていて、充実した青春時代は手に入っていないはずです。」




 過去に戻ってもう一度青春時代をやったところで成功はできない。結局、今の俺たちの生活に戻るようにできているということか。

 

 なんだか絶望的な気持ちになってきた。それじゃあ、どうすればいいというのか。




 「じゃあどうすればいいのか?今まさに、皆さん考えたところでしょう。その答えが、『別世界線への移行』なのです」


 「具体的に言いますね。私たちはこう考えたのです。過去に戻っても自分を変えられないのは、今の世界線を生きている限り、その世界線に縛られるからだ。それならば、違う世界線に移ればいい。あなたが青春を謳歌することができる世界線に。」




 世界線の移行。つまり、同一世界線上で時間軸を変えるのではなく、世界線を平行方向に移動する。そうすることで、今の自分に縛られない自分になることができる。


 


 本当にそんなことが可能なのか?




 「そもそも世界線とは何かについて簡単に説明しますね。私も皆さんも、今過ごしている人生において体験しているすべて、見えている景色。それが、それぞれの世界線です。私たちは世界線が重なり合っているため、こうして同じ時間を過ごすことができています。」


 「世界線は無数に存在しています。私たちは、自分が存在している世界線以外は見ることができません。他人が体験している世界を見ることができないのは、このためです。相手の立場に立ったところで、相手になり変わることはできない。私たちはそれぞれ、自分が主人公の世界線を生きているのです。」


 「そして、一切交わることのない他の世界線のことを『平行世界』と呼びます。私たちの見えないところで平行世界は広がっており、それぞれの平行世界でそれぞれの人生が過ごされているのです。そして平行という名の通り、平行世界では私たちと全く同じ人間が生きています。もう一人の自分が、各平行世界に無数に存在しているのです。」




 世界線という言葉は聞いたことがあった。

 人はそれぞれの世界線を生きている。

 平行世界は確認することができないが、そこで別の自分が生きている。

 

 すぐに信じることはできないが、仕組みはなんとなく理解できる。




 「平行世界はどのようにして広がるのか。それは、私たちの全ての選択が平行世界を作っていると考えられています。あの時こちらを選んでいれば・・・。そのような分かれ道に立つたびに、選ばなかった方の道を進んだ場合の世界が、平行世界として存在しているのです」


 「先ほどお話したタイムパラドックスが生じるのも、世界線の制限によるものと考えられています。同一世界線上では、過去の選択を変えることはできません。別の選択をした場合の世界は、平行世界として広がっているからです。同一世界線上で過去に遡ったところで、過去を変えて現在を変えることはできない。世界線を移動しない限り、違う自分になることはできないのです。」




 「そして、私たちは世界線を行き来する方法を研究し続けました。数十年の研究の末、ついに私たちは別世界線へ移ることに成功しました。」




 平行世界に移ることができる。


 ありえないことを相楽さんは真剣な顔で淡々と話す。


 そんなことができるはずがない。だが、相楽さんの説明には、それができると信じさせるような、妙な説得力があった。




 「私たちは別世界線でも同様の研究機関を整え、たくさんの平行世界へ研究範囲をどんどん広げていきました。そうして、平行世界の自分たちと協力しながら、現在は各平行世界で同様のプログラムを行っています。」


 



 

 「具体的にどのようにして青春を再体験してもらうかというと、参加者の皆さんがまだ高校に入学していない別の世界線を持ってきて、それを参加者の皆さんに提供します。参加者の皆さんは今の世界線からそちらの世界線に移ることで、高校生活を体験してもらうのです。」






 別世界線を持ってきて、その世界線に移る。そうすることで、まだ高校生活を体験していない平行世界に移り、青春を再体験できるということか。





 

 「すみません」



 ここで、俺の左隣に座っていた男性が手を挙げた。




 「はい、なんでしょう?」



 相楽さんが答える。




 「別の世界線とは、どこから持ってくるのですか?そもそも平行世界には別の自分が生きているはずなので、移ることはできないと思うのですが。」




 「いい質問ですね!この短時間の説明でそこまで理解しているとは、素晴らしいです。」




 相楽さんが嬉しそうに答える。この非常識な研究に、思っていたよりもすぐに理解を示してもらえたことが嬉しかったのだろう。




 「別の世界線を持ってくるのは、どこからなのか。その答えは、他でもない『別世界線の皆さん本人』です。平行世界の自分から、その世界線を受け取るのです。そして、今の自分の世界線と交換する形でそちらに移るのです。」




「別世界線の自分から受け取る・・・。なるほど。」



 質問者の男性は納得しながらも、考え込む様子で手を下ろす。


 


 平行世界の自分から世界線をもらってきて、交換する形で移る。これなら移った世界線にもう一人の自分がいることはないし、問題はないということか。

 



 相楽さんが説明に戻る。



 「私たちは無数の平行世界を捜索しています。そして、対象者リストに入っている皆さんを探し、それぞれの世界線で接触しているのです。」


 「世界線の時間軸は、現世界線と必ずしもイコールではありません。つまり、平行世界によっては時間軸がずれており、皆さんがまだ子供だったり、もう老人だったりするのです。」


 「私たちは無数の世界線の中で、参加者の皆さんが高校入学直前である世界線を見つけ、皆さんと接触しています。そして、『今の世界線の皆さん』になりたいと回答いただける皆さんを見つけ、交換交渉を成立させています。」




 平行世界の自分は、今の自分と入れ替わることを望んでいるということか。

 

 そんなことがあり得るのか?この鬱屈とした社会人生活を望んでいる自分など、どこの世界線を探しても存在していない気がする。




 「私たちはたくさんの平行世界の自分たちと協力して、無数の平行世界にアクセスしています。その中には、高校時代を過ごすよりも「早く大人になりたい」とか、「お金や地位がなくとも自由に生きたい」といった希望を持った皆さんが存在しています。」


 「何より、この気持ちはみなさま自身が一番理解できるのではないでしょうか?皆さんの多くは、中学時代もうまく行かなかったり、高校入学に向けて何らかの不安や問題を抱えたりしています。


 「当時の皆さんは、『こんな学生生活を過ごすなら早く大人になりたい』などと考えていたのではないでしょうか。今まさにそういう思いを抱えている、別世界線の自分と、世界線を交換してもらうのです。どうですか、現実的に思えてきませんか?」




 相楽さんの説明に、俺は過去を振り返ってみる。




 中学時代にトラブルを起こし、俺は友人を失い、孤独なまま卒業式を迎えた。

そしてそのまま知り合いのいる高校に行くのが嫌になって、かといって新たに友達を一から作る勇気もなく、人と関わらないで済む通信制高校を選んだのだ。


 確かに、当時の俺なら高校時代を控えた世界線を捨てて、社会人として自由に過ごせる世界線を選択するかもしれない。




 相楽さんの説明は理にかなっているように思えた。

それは他の参加者も同じようで、考え込む者はいたが、反論したり疑問を投げかけるものはいなかった。




 相楽さんが息を吸い直し、説明を続ける。



 「さて、ここまでの話を踏まえて、現在の状況をご説明しますね。」


 「私たちはすでに、別世界線にて参加者の皆さんそれぞれと交渉し、それぞれの高校入学前の世界線をいただいて来ています。あとは、皆さんがOKと言えば、この世界線を皆さんに渡し、皆さんの現世界線を回収し、別世界線の皆さんに渡します。これで交渉成立ですね。」


 「世界線を渡す、と表現していますが、実際には私たち研究所が開発した特殊な機械によって、みなさんを別世界線に転移します。それと同時に現世界線が切り離される形です。」


 「これにより、皆さんは別世界線の皆さんになり変わります。具体的には、入学式当日朝に転移するように調整しています。ちなみに生まれ変わったりするわけではなく、世界線の移行なので、現世界線の記憶はそのままです。」




 高校の入学式当日から始まり、今の世界の記憶は引き継げる。


 入学式当日というのは少し気になるが、とりあえず記憶を引き継げるというのは一安心だ。


 しかし安心したのも束の間、相楽さんの一言で、俺たちは緊張感を取り戻す。




 「ここまでがプログラムの説明です。次に、プログラムの注意点・リスクについて説明します。ここは心して聞いてください。もし聞き逃してプログラムに参加してしまっても、”絶対に”後戻りはできません。」




 このようなプログラムが無償で提供されるという時点で、多少のリスクがあることは仕方がないだろうとは思っていたものの、やはり身構えてしまう。


 果たして、どんなリスク・代償があるのか。

 

 



 


 気がつけば、俺たち参加者は相楽さんの説明に完全に引き込まれていた。


 もはやこのプログラムの真偽を疑っているものなど、一人もいなかった。



 

 

 

 

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