第4話「プログラムの全貌」
「それでは、『青春再取得プログラム』の説明を始めます。」
「プログラム内容の説明に入る前に、まずは私たち、『国立研究開発法人 青春研究開発機構』がどのような研究機関なのかについて、お話しします。」
青春研究開発機構。
確かに、プログラムの内容以前に、俺たちはこの機関のことも何も知らなかった。
「青春研究開発機構は、日本政府によって立ち上げられた研究機関です。研究テーマは、ずばり『青春』。充実した青春時代を過ごすためにどうすべきかを考えるとともに、『全国民に対して平等に青春時代を与えること』をモットーにしています。」
平等に青春時代を与える・・・。
なるほど、それで「青春再取得プログラム」を提供しているということなのか。
相楽さんは微笑みを浮かべたまま説明を続ける。
「青春時代というのは、全ての人類にとってかけがえのない宝物です。人生のピークを振り返ったとき、多くの人が青春時代を思い浮かべるものです。」
「部活動、体育祭、文化祭、放課後の教室・・・。すべてが眩しく、その時代を過ごす者だけに与えられたかけがえのない時間。若さの象徴でもあります。」
「・・・でもこれは、多くの人間にとっては、の話です。青春を忘れ去りたい人や、青春をそもそも過ごさなかった人にとっては、別世界の話です。心当たりのある方がいるのではないでしょうか・・・?」
相楽さんが参加者たちに視線を向ける。
別世界の話。その通りだ。
青春時代なんてものはフィクションでしかない。
青春ドラマや学園アニメでこれまで数え切れないほど描かれてきた、創作の世界ではNo.1王道シチュエーションと言ってもいいだろう。
そして、多くの人が体験していて、俺が体験していないものだ。
ここにいる他の参加者も、おそらく皆同じなのだろう。
相楽さんに対し、不快感を持った顔を見せている者も何人かいた。
それもそうだろう、こうも図星をはっきり突かれると、煽られているようにしか思えないのも一理ある。
相楽さんはすました笑顔で、話を続ける。
「すみません、不快に思われた方もいらしたでしょうか・・・。そうですね、尋ねるまでもなく、ここにいるみなさんは、青春時代を過ごせなかった、または過ごしたけれども忘れたいくらいひどいものだった、はずです。」
「そういう方々を、お呼びしていますから。」
相楽さんの悪気のないその言葉に、参加者一同は呆気を取られる。
薄々感づいてはいたが、やはり俺たちは選ばれていたのだ。
青春を再体験するのにふさわしい人間として。
「青春開発機構では、日本政府のデータベースを駆使して全国の高校生のデータを調査しています。厳密に言うと、現在19才・20才で生活に何らかの問題を抱えている男女をまず調べ、彼ら、彼女らの”高校時代”の3年間のデータを調べています。」
「これは、『学生時代を終えて社会人となった時に、不満や問題を抱えている人間は皆、青春時代に何らかの欠落や問題があったはず』という仮説に基づくものです。私たちはこの仮説に基づきデータを調査し、そして本当に高校時代に問題を抱えていた人、たとえば高校に通っていなかった、とか途中から不登校になった、といった方を対象者として選出しております。」
淡々とした口調で残酷なことをずばずばと説明していく相楽さんに、参加者たちは呆気にとられっぱなしだった。
「社会人として問題を抱えている者は青春時代に何らかの欠落は問題を抱えていたはず。」
なるほど、これは真実からそう遠くない仮説かもしれない。
つまり、国民がより人生を充実させる、すなわち社会人、生産者としてより高いパフォーマンスを発揮するためには青春時代が鍵である。
だから青春時代に問題を抱えた人を対象にこのプログラムを提供している。
このプログラムはきっと日本政府にとってもメリットがある話なのだ。
段々と話の全容が見えてきた気がする。
「私たちの目的は、豊かな青春時代を全国民に送ってもらうこと。そのために日々、青春の研究をしています。」
「目的達成に向けた、一つのアプローチは、学生が充実した学生生活を送れるようにサポートしてあげることです。部活動や学業に集中できるように予算を支援してあげたり、カリキュラムや行事計画を策定して学生の健全な成長を促進する。これは主に文部科学省の仕事で、これまでも行われてきたことです。」
「しかし、すでに青春時代を過ごしてしまった方々は、どうすればいいのでしょうか。豊かな青春時代はもう過ごせない。あとは社会人として働いていくだけ。彼らのことは見捨てて、大人になれ、と一蹴してしまえばよいのでしょうか。」
「そんな大人がこれ以上増えてしまわぬよう、何とかしなければいけない、その志から生まれたのが我々、青春研究開発機構なのです!」
相楽さんはやや興奮気味の様子で、語気がやや荒くなる。
「私たちはまず、高校時代を終えたばかりで、かつアルバイトや就職をして社会人生活を開始した19,20才の人たちに注目しました。」
「大学に通っている人は大学時代に青春を過ごせる可能性が高く、また、仮に大学時代が充実したものでなかった場合でも、大卒だと就職率がぐんと高くなりますし、幸福度も比較的高かった。そのため、大学進学をした人は対象からは外しました。」
「そして対象者の生活を調べたところ、就職して社会人として立派に過ごしている方や、社会的な成功を手にした方もいましたが、一方で、アルバイト生活や、無職で親に養われ生活している人たちが少なくありませんでした。そして、彼らの高校時代、いわば青春時代を調べてみたのです。」
「その結果は、ほとんどの人たちが高校時代に何らかの失敗やトラブルを抱えていました。高校に行かなかった、または通信制高校に行ったとか、不登校で中退した方も当然いましたが、高校を卒業している方でもやはり高校時代に何らかのトラウマを抱えている方ばかりだったのです」
相楽さんの情熱がこもった説明に、思わず引き込まれる。
言われていることは、どれも心当たりがあった。
まさに通信制高校に進んだ後、アルバイト生活を送っている俺は対象者の鏡だろう。
そして、今充実した社会人生活を送れているとは、言いがたい。
青春時代が社会人としての成功に影響を与えているというのも、同意できる。
「私たちの仮説はこの段階である程度証明されたと言えるでしょう。そしてここからが本題です」
「私たちは次に、選出した対象者たちに対してどのように青春を提供するかを考えました。ありきたりな心理カウンセリングを行ったところでトラウマが簡単に解消されるとは思えませんし、青春ドラマを見せたところで青春を体験した気にはなれない。そうなると、どのようにして青春を再び体験させればいいのか」
「そうして生み出されたのが、『青春再取得プログラム』です。そしてこのプログラムの根幹を成すのが、『別世界線への移行による青春時代の再体験』です。
別世界線への移行・・・?
SFの世界でしか聞いたことのないワードに、参加者たちは衝撃を受ける。というより、どう反応していいか分からない状態だった。
相楽さんは表情を変えず、説明を続けようとしている。
どうやらジョークではないらしい。
もしかしたら俺はとんでもないプログラムに参加しようとしているのかもしれない。
後戻りできないような恐怖感を感じた瞬間に、相楽さんが再び説明を開始した。