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第3話「研究所とプログラム説明」

 土曜日の朝、9:45、○○駅西口に到着した。

 

 駅前のロータリーはまだ人はまばらだった。横断歩道を渡ったところで、一台のマイクロバスが停まっているのが目に入った。

 

 マイクロバスに近づくと、一人のスーツを着た男性が立っていた。

 胸のあたりに案内板を抱えており、そこには「国立研究開発法人 青春研究開発機構 説明会参加者送迎」と書かれている。間違いない、送迎のバスだ。


 

 口外厳禁と言っていたわりにはわかりやすい案内だな、と思いながら、俺は男性の元へ近づいていった。

 やがて男性がこちらに気づき、声をかけてきた。



 「説明会参加者の方ですか?」



 「はい、そうです」



 「本人確認のため、お名前をお願いいたします」

 



 「真田悠人、です」


 


 男性は名簿のようなものを開いてページをめくる。

 参加者はどうやら結構な人数いるらしい。



 

 「真田悠人様、ですね。確認いたしました。どうぞ、ご乗車ください」




 男性はドアを開き、マイクロバスの中へと案内した。

 俺はそれに従い、マイクロバスへと乗り込んだ。

 



 20人程度は乗れそうな空間で、座席にはすでに先客が座っていた。男性2名、女性1名の計3人。年齢層は皆、大体20才前後といったところだろうか。

 

 俺は一番後ろの、一番左の座席に座った。

 ここに座っている他の人たちも、俺と同じようにプログラムの案内を受けた人たちなのだろうか。


 いや、間違いなくプログラム参加予定の人たちだろう。

 研究員には見えないし、年齢層も同じくらい、そして何より、どの人も俺と同じ空気を纏っていた。


 淀んだ目と、覇気のない顔つき、姿勢。

 展示作品としてタイトルを添えるなら「青春をどこかに置いてきた若者」という題がぴったりだろう。

 彼らはまさに、俺と同族の人間だと直感した。

 



 そして同時に、俺は確信した。同じような年齢層の同じような人間が集められているとすれば・・・。

 

 このプログラムは、明らかに何らかの基準で対象者を選択している。ランダムではなく、「青春再取得プログラム」に適した人材として、俺たちは選ばれたのだ。


 しかし、どのような基準で対象者を選んでいるのだろうか。

 年齢層は20代前後、男女は問わない。共通しているのは、充実した青春時代を過ごせなかったということだろうか。しかしそんな対象者を一体どうやって選んでいるのか・・・。

 

 国立の研究機関らしいし、国家プロジェクトの一環とも言っていたのだから、おそらくあらゆる調査網を使って調べたのだろう。高校の出席記録や成績、部活動や行事の活動記録、交友関係なども調査しているとすれば、そのような「対象者」を選別するのは案外容易なのかもしれない。

 

 しかし、こいつは青春を満喫できていなかったから青春を体験するプログラムに最適だ、と選ばれたとするとあまり嬉しくはないな・・・。

 だが、対象者がかなり絞られているとすれば、選ばれたことは幸運と捉えた方がいいだろう。

 本当に幸運かどうかはこのあとのプログラム説明会の内容次第だが・・・。




 あれこれと考えているうちに、次々と参加者が乗ってきた。

 気がつけば座席は数席を残して参加者によって埋め尽くされた。

 座席に座っているのは19人。少なくとも俺と同じ回の説明会に参加するのは、この19名ということか。

 やはり年齢層は同じくらいで、20才前後。男女比は4:6くらいだろうか。

 

 しかし自分も含め、よくもこんな怪しい招待を真に受けたものだ。

 そんな怪しいものにすがりついてしまうほど、やはり我々のような”落伍者”にとっては、青春を再体験できるというのは魅力的なのだろう。




 徐々に山が増えていく道のりを30分ほど走り、やがて窓から大きな建物が見えてくる。

 周囲は山と小さな民家くらいしかないため、その建物はかなり目立っていた。



 頑丈な金属製の壁と門扉に囲まれた建物の上部が顔を出している。

 あの大きさだと5、6階建てくらいだろうか。大きめの私立高校くらいのサイズはありそうだ。

 いかにも研究所らしい見た目だ。少なくとも研究のために呼ばれたというのは、どうやら本当らしい。


 

 やがてバスが正門の前に停まる。助手席に座っていたスタッフらしき女性がバスを降り、門の近くへと歩いて行く。

 インターホンを押して、守衛か誰かと会話しているようだった。


 門の横を見ると、立派なプレートに「国立研究開発法人 青春研究開発機構 第一研究所」と書かれている。

 いよいよ、真実味が帯びて来る。

 「青春再取得プログラム」というのは本当に国家プロジェクトで、俺たちはそのために呼ばれた。

 俺はそう信じ始めていた。


 そしてそれは他の参加者も同じらしく、皆、窓から研究所の方を見上げていた。

 半信半疑でここまで来たのだろう、驚いた表情を浮かべている者も何人かいた。

 


 車内に期待と不安が入り混じった空気が流れる中、スタッフが戻って来た。

 やがて重厚な門が開き、バスは再び走り出した。




 敷地内は広々としていて、研究所の前には駐車スペースがあり、5、6台の車が停まっていた。

 黒塗りのセダンばかりなのがやや不気味だが、国立の研究所ともなるとこういうものなのだろうか。

 

 右奥の方には倉庫のような建物があり、シャッターの前にトラックが1台停まっていた。

 あそこで物資の受け渡しなどを行なっているのだろうか。

 

 マイクロバスは他には停まっていなかったので、今日参加として招かれているのはやはり同じバスに乗っているメンバーのみなのだろう。




 「みなさん、研究所に到着いたしました。バスから順に降りていただき、研究所正面の入り口に向かってください。そちらに担当の者が立っております。」



 

 スタッフらしき女性が声をかける。参加者たちはそれに従い、前に座っている者から順にバスを降りていった。

 俺もその流れに従い、バスを降りた。そして、建物の入り口へと向かった。




 担当者が立っていた。25歳〜30歳くらいの女性。白衣を着ている。

 先ほどのスタッフは黒いジャケットを着ていて、裏方のスタッフ、と言う感じだったが、その担当者は白衣を着ているし、何より醸している雰囲気が”研究者”という感じだった。

 担当者と言っているが、おそらくこのプログラムに関わっている人物の一人なのだろう。




 「みなさん、本日はよくおいでいただきました。私は本日の当プログラム説明会を担当させていただく、相楽(さがら)と申します。

  早速ですが説明会会場に案内いたします。エントランスで身分証の確認を行いますので、ご準備をお願いいたします。」




 担当者は相楽さんと言うらしい。淡々とした口調で説明を終え、エントランスへと進んでいく。

 俺たちは身分証を用意しながら、相楽さんの背中を追って入り口を過ぎ、エントランスへと進んでいった。




 エントランスは正面にカウンターがあり、無表情な男性職員が立っていた。

 相楽さんが職員と少し話をした後、ルームキーのようなものを受け取る。




 「それでは身分証を確認しますので、みなさん順に私に提示してください。」




 参加者たちは順番に身分証を見せていく。

 

 案内に持参物として書いてあったこともあり、身分証を忘れているものはいなかった。

 やがて俺の順番が回ってきて、身分証を提示した。

 

 間近で見ると、相楽さんは化粧っ気のない感じで、いかにも研究員という感じではあったがなかなかの美人だった。




 「はい、全員確認OKです。それでは説明会会場の会議室までご案内いたします。エレベーターで3Fに移動します。」




 相楽さんの案内に従い、俺たちはエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターのボタンを見ると、研究所は6F+屋上があるようだった。

 説明会の会場は4Fだった。



 19名の参加者が2回に分けてエレベーターで移動し、全員が説明会会場の会議室前にたどり着いた。

 

 相楽さんが先ほど受け取っていたルームーキーを会議室前の端末のリーダーと思われる隙間にスライドする。

 やがて端末のランプが緑色に光り、会議室のドアが自動で開いた。




 会議室は30〜40名が余裕を持って座れるくらいの広さだった。長机が左右で2列に分かれて十数個置かれ、それぞれに対して椅子が三脚ずつ置かれている。

 高校の教室くらいの広さだろうか。前方には大きなスクリーンが設置され、少し段差がついてステージになっている。

 

 会議室というよりは講義室のような感じだった。ステージの横の長机にはパソコンとマイクスタンドとマイクが置かれていた。おそらくあそこから説明資料を投影して、説明を行うのだろう。

 


 

 予想通り相楽さんがステージ横の長机に向かう。やがてマイクを取ると、参加者に大して案内を行った。




 「皆さん、机には皆さんの名前が書いた紙が置かれていますので、自分の名前の書かれた紙が置かれている机を見つけ、その座席に着席してください」




 参加者たちは指示にしたがい、自らの名前が書いた紙を探す。

 

 


 「あった」




 俺の名前が書いてある紙は左側の前から2番目の長机の、真ん中の椅子の前に置いてあった。

 俺はその椅子に着席した。



 やがて、左隣にはメガネをかけた男性、右隣には髪の長い女性が座った。

 どちらも年齢は俺と同い年、19才くらいだろうか。




 隣の人たちに声をかける暇もなく、相楽さんが再びアナウンスする。




 「それでは全員着席いただけたようですので、早速ですが説明会を開始したいと思います。」


 


 前方のスクリーンに、本日説明する内容のアジェンダが投影される。




 「本日は前半の30分でプログラム概要、プログラム参加上の注意、プログラム開始後の流れについて説明いたします。

  その後、30分の休憩を挟み、後半の1時間でプログラム参加可否の回答およびプログラム会場へのご案内を行います。

  その後は各自、プログラムを開始し、”体験”を行っていただくという流れになっております。」




 前半は説明、後半は参加可否の回答および会場への案内、そしてプログラム開始・・・?




 俺は予想していない展開に衝撃を受けた。


 プログラムに参加するかどうかは今日決めなければいけない。

 そして、プログラムは今日開始する。

 

 


 今日は説明会ということなので、説明を受けた上で持ち帰り、後日プログラムに参加する、というようなイメージを持っていたが、そんなに悠長な話ではなかった。

 今日すべてを決め、プログラムに臨まなければならない。




 俺と同じように考えていた参加者が多かったのだろうか、会議室ではざわめきが起こっていた。

 今日プログラムが開始されるということに皆動揺しているようだった。



 相楽さんはざわめきを落ち着かせるように、説明を続ける。



 「本日中に参加するかどうかを決めていただき、プログラムを開始しているということで動揺している方もいるかもしれませんが、安心してください。

  休憩時間を30分とっているのはプログラムに参加するかどうかを考えていただくための時間でもありますので、前半の説明を聞いた上でゆっくり考えていただければと思います。

  そして、参加するかどうかは完全に皆さんの自由です。

  きっと参加を決めた方は、今すぐにでも参加したいと思うはずですので、本日プログラム開始というのは決して早すぎるということはありません。

  まずは前半のプログラム説明をしっかりと聞いていただければと思います。」



 

 相楽さんは穏やかな笑みを浮かべている。

 おそらくこのような説明会は慣れているのだろう。このプログラムはおそらく今回が初開催ではないだろうし、過去にも同様に説明を行い、プログラム参加者を決定し、プログラムを行ってきたのだ。


 


 参加者のざわめきはやがて止み、皆が相楽さんの方を向き、集中した様子になった。

 この後の説明をしっかりと聞こうと考えたのだろう。

 

 そう考えたのは俺も同じだった。プログラム説明はどうやら資料は配布されないようだし、メモや筆記用具は持参していない。それに、おそらく情報漏洩のリスクがあるためメモすることは許されないだろう。

 

 説明にしっかりと耳を傾けなければいけない。このあとの私たちの人生をもしかすると左右するかもしれない、重要な”青春体験”の説明が、このあとたった30分で行われるのだ。



 

 参加者一同が固唾を飲む中、相楽さんがプログラムの説明を開始した。


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