オオカミの旅立ち
山羊革を筒状に縫って作られたたベルトに金貨を詰め込む。
高額な100グラベル金貨をベルトにしまうのは、このあたりの風習だ。
約束の2ヶ月を終え、旅立つ日が来た。
知らない世界で旅に出ることに不安がなかったわけじゃないけど、元の世界だって世の中のことを分かってるわけじゃなかったし、この世界にきた時点ですでに親元を離れているわけで一応の覚悟はできてた。
「大丈夫か?」
ちょうど休暇から帰ってきたエメットに心配されたのは、装備のこと。
餞別にもらった旅行必需品をすべて装備したらかなり非力な自分には結構な重量になっていたからだ。
長旅を考えるともう少し減らしたいものの、せっかくの厚意を無下にはできないし、何が不要かといえばどれも必要そうに思える。
ラウンドシールドなんかは特にかさばって重いけど、道中何があるかわからないから置いていくわけにはいかない。
「なんとか……ギリ大丈夫です」
強がりながら、村人総出の見送りを背に出発する。
いつでも戻って来いと言われたけれど、多分戻ってくることはないと思う。
というか、二度と戻れないだろう……
装備の重さを忘れるぐらいまで歩き村がすっかりみえなくなった頃、道沿いの茂みの中から人影が現れた。
それが誰か、僕は知っていた。
朝から姿がみえなかったフィオナだ。
ここで落ち合う約束になっていた。
「にひひ~。遅かったね」
「ごめん……荷物のことを考えてなかったんだ。」
体を斜めにしながら上目遣いで微笑むフィオナの表情からは、内緒でこっそり落ち合うというドラマチックな背徳感にときめいているのが見て取れる。
彼女の自由意志とはいえ、村の人たちからしたら僕が連れ出したようなものだから、こうなった以上もう顔向けができない。
ごめんなさい。
この世界についてある程度は学んだけれど、それでも旅立つ上でガイドは欲しかったし、それがこんな美少女なら悪い気はしない。
むしろ夢のような展開だけど、僕は僕で姫宮さんに義理立てしているし、フィオナだって一時的な気の迷いかもしれない。
そう考えると手放しでは受け入れられなかったから、最初は一応反対したんだ。
珍しいイースターと共に憧れの外の世界に旅立つ。
そんな高揚感に酔いしれてる今のフィオナなら、きっとキスをしても拒まないかもしれないし、もっとすごいことも……。
これから毎晩ふたりきりで一緒に眠ることになるんだと思うと、期待と不安の入り混じった複雑な感情がこみ上げて胃が痛くなってくる。
南の空で太陽がさんさんと輝いている。
この世界で58回目の正午を迎えた僕にとって、なにをやってもいい異世界だと居直るには、こっちの世界はすでに現実世界となっていた。
この複雑な心境のやり場をどうしてくれよう。
そう思いながらオオカミのモノマネをすると、亜麻色の三編みがきゃあきゃあと笑いながら逃げていく。
悔しいけど可愛くてしかたがない。
これからどうなるのか。
天気やお金、宿泊、盗賊や猛獣、それにいるならばモンスター。
旅を始める上で心配事は多いけれど、今の僕にとって一番大きな悩みのタネは自分の中のオオカミだった。