(1)孤児院の子供 (少年と処刑人の出会いについて)
初めまして。水瀬 宏と申します。
まず、閲覧いただきありがとうございます。私の頭の中にある物語を、一緒に楽しんでいただけると嬉しいです。
さて、以下本文につきまして、注意事項がございます。
○一部、残酷な場面を仄めかす表現がございます。また、物語が進むにつれて過激になって行く予定です(念の為、R15をつけております)。苦手な方は、閲覧をご遠慮ください。
○本文中の人名・地名・言語は、実在のものとは関係ありません。
○閲覧後の苦情は受け付けておりません。ご遠慮ください。
感想等はいただけると大変励みになります。
私自身はふざけた人間なので、気軽にしていただけると嬉しいです。
また、本文の冒頭に長い説明書きがございます。物語において重要なものになりますので、ぜひ読んでから物語をお楽しみください。
それでは、【アルムの宿し子】、どうぞお楽しみください。
【 アルムの宿し子 】
【「ラウドの災害」についての研究(ニコラ=カールマンのノートより抜粋)】
(ラウドの災害とは)
ラウドの災害は、世界終幕の大災害である。ラウドの災害発生ののち、神が誕生し、新世界が形成される。魔導師の始祖・ラウドがこの災害を予言したことから、「ラウドの災害」という名称が定着した。災害発生の要因、トリガーなどは不明な点が多いが、「プロムナード」「罪宝」が関係していると語る研究者が多数。詳細は未だ不明。
(ラウドと予言について)
ラウドは、魔導術を開発した魔導師の始祖。約10000年前に存在したとされる人物。神の声を聞くことができたと伝えられている。生前、災害の予言を世界各地に遺している。この予言は、6つの文献と5つの壁画から成る大予言である。現在、「第2の書」「第3の書」「第2の壁画」「第4の壁画」が発見されている。現在発見されている文献の内容は、「ラウドの災害」に伴って発生する災害についてがほとんどである。その他、ラウドの弟子たちが遺したラウドについての文献や、ラウドが書いた魔導書などが発見されている。魔導書は、現在の魔導術の発展に大きく貢献している。未だ謎が多いが、世界各地で研究が進んでいる。
(災害-プロムナード-について)
「ラウドの災害」の予兆として発生する災害。「第2の書」より、プロムナードという記述があったため、その呼び名が定着している。この災害は怪物の形をしており、総じて5つのプロムナードが発生すると予言されている。プロムナードの内容と発生は、以下の通りである。
・第1プロムナード:詳細不明・発生不明(不発と考えられている)
・第2プロムナード:古城の番人(名称:ルスラン)・発生:1463年
・第3プロムナード:牛の怪物/虐げらた魂の化身(名称:ビドロ)・発生:1517年
・第4プロムナード:双頭の怪物(名称不明)・発生:記録なし
・第5プロムナード:詳細不明・発生:記録なし
以下、第2・第3プロムナードの詳細
・第2プロムナード(古城の番人・ルスラン):
1463年4月15日、オーウェン大陸、リタ共和国とフィンセルン民主国の国境にて発生。負傷者:15,673人、死者:10,067人。約1ヶ月の戦闘の末、「赤の使者」により討伐される。古城の番人と称される、鋼の鎧を纏ったような怪物。黒属性の呪いを使用。
・第3プロムナード(牛の怪物・ビドロ):
1517年8月27日、ブリスタイアン王国にて発生、その後周囲の国に拡大。負傷者:70,689人、死者:47,284人(その半数が即死)。約半年間の「魔導総戦」にて、1518年9月1日に収束。牛の頭蓋骨ような容姿の怪物。死者の魂を取り込んで巨大化する。未だ完全討伐はなされておらず、ビドロの残骸は「世界平和推進機構・未来社」の本部に保管されている。黒属性の呪いを使用。
※追記:第5プロムナードの壁画が発見された。考古学者によると、「死の門」である。名称は未だ不明。17/06/1536
(罪宝について)
「罪宝」とは、プロムナード消滅時に発生する有機物である。宝石のような美しさと災害の残酷さから、「罪宝」と呼ばれるようになった。第2プロムナードでは「月の涙」、第3プロムナードでは「火の水晶(未完成)」が発生した。予言では、5つの罪宝と「ラウドの災害」消滅後に発生する「終幕の秘宝」を集結させると、新世界の神が誕生するとされている。
(兇器-アルム-について)
プロムナードの魔力に充てられて怪物になった人間。災いの器。処刑の対象となる。第2プロムナードの発生後から、兇器による事件が数多発生している。プロムナードの魔力による呪いで、その姿は奇形に変化する。特に、第3プロムナードによる兇器は頭部が牛の頭蓋骨のような形に変化する事例が複数発見されている。
以上、1537年10月12日までの記録。
プロローグ【 はじまりの夜 】
その夜は雨が降っていた。
深い森の奥に広がった荒地にて。
ニコラ=カールマン青年は、惨劇の跡地に立っていた。地面は、降り注ぐ雨と先の戦闘でひどくぬかるんでいる。地面を叩く哀れな雨粒は、きっと母なる大地に還ろうとしているのだ。しかし、それも叶わず、地面を踏みしめるブーツの下から黒い水が染み出した。雨粒だったはずの水は、黒い地面に飽和していた。
ひどい戦場だった。
空気に死と雨の匂いが混ざって、ニコラのこめかみはジクジク痛む。ニコラは俯いて、一つ息を吐き出した。その息は白く、空気に混ざる。彼の足元には、肉塊が転がっていた。それは、誰かの腕のようであった。その誰かが分からないのは、同じように、彼の周りに幾十もの死体が混ぜこぜになって転がっているからである。大規模な討伐が初めてだった彼は、いつもは微動だにしない頬の筋肉が引き攣るのを感じた。
数日前、彼が所属する「世界平和推進機構・未来社」の討伐部隊本部に、一本の連絡が入った。「王都郊外より、兇器のコロニーが発生。至急、第1〜3部隊は出動されたし。」という無線であった。聞くところによると、コロニーとなったのは、あるサーカスらしい。珍しい人間を動物や奴隷のように扱う、いわゆる見世物小屋だったそうだ。『兇器は人間の汚い部分がプロムナードの魔力に充てられて生まれる怪物である』と訓練校で教えられてきたので、ニコラは当然の報いだと思った。そんな彼は第3部隊の所属で、コロニーの討伐という大きな仕事に少し期待をしていた。兇器を討伐する処刑人となって、1年が経ったばかりである。健全な美青年は、恐れもあるが、憎いプロムナードの残党をたくさん処刑できると静かに意気込んでいた。
しかし、現実は恐ろしいものであった。
サーカスの跡地に到着し、まず、各部隊10余名の内、経歴の最も長い者が特攻部隊として編成された。強いものが弱いものに見本を見せる、という討伐部隊の理念であった。しかし、先陣を切った先輩方は、ものの数分で全滅した。見事に体を食いちぎられ、魔力を吸い上げられていた。数が多かったのだ。発生場所であるサーカスの跡地は、兇器の巨大なコロニーとなっていた。それを見た他の処刑人たちは恐れ慄き、奮闘はしたものの、そのほとんどが食い荒らされた。残ったのは、両手で数えられるほどの、若く実力のある青年たちだけであった。その中に、ニコラ=カールマンは居た。
彼のカラス色の髪の毛が、雨でツルツル滑る。雨の重さで、前髪が顔に垂れ下がっていた。聡明な美青年は、その髪の毛を白い額から払うことさえ億劫になっていた。
遠くの方で撤退命令の笛が聞こえて、ニコラは形の良い顔を上げた。周りには、自分一人しかいない。どうやら、兇器の処刑に夢中になって、森の奥よりさらに深くまで来てしまっていたようだ。仲間たちは、早々に撤退して出動本部に集まっているらしい。彼も、笛のなる方角へ、その本部に戻ろうとした。
その時。
彼の後方から、がさりと音がした。
義眼を嵌め込んだ左目が、ぎょろりと動いた。魔力が込められている青い眼である。何か魔力を持つ生き物がいれば、それが見える。その青で、ニコラは背後の草むらを凝視して、見つけた。
「子供……?」
掠れた声が出た。
確かに、その魔力の塊は“人間の”子供の形をしていた。
しかし、その生き物から溢れ出ている魔力が、兇器のそれと同じだったのだ。
ニコラは警戒体制に入り、自身の武器である大鎌を構えた。
(まさか、残党がまだ……?討伐完了の笛が鳴ったのに)
兇器の討伐が完了すると、撤退の笛が鳴る。これは、兇器の気配を探知することに長けている魔導師が判断し、討伐部隊全体に知らせるものである。今回の魔導師は、とても優秀な老人であるので、間違いであるとは考えにくい。
ニコラは形の良い顔を歪めて、魔力の塊が見えた草むらの方に向き直った。
ジリジリと、草むらに近づいてゆく。
耳の内側で、血が猛っている。
もし兇器ならば、即刻処刑しなければ、また被害が出る。
しかし、形は人間の子供だ。奇形になっている様子はない……。
彼の頭に、幾つのも思考が巡る。
たっぷり時間をかけ、草むらの目の前に来て、そこを覗けば。
(やはり、子供だ。“人間の”子供だ)
そこには、プロムナードの魔力に侵されていない子供が倒れていた。
ひどく痩せぎすな、泥に塗れた汚い子供だった。
これが、呪われた少年と処刑人の出会いである。
⒈【 孤児院の子供 】
⑴
のどかな丘の上に立つ元教会は、「ひだまりの家」と呼ばれる孤児院である。古い木製の建物は立派な柱からできていて、その中には十数人の子供たちと一人の老人が住んでいる。高い壁は白く、広い庭には青い芝が茂っていて、外から見れば「美しい田舎の一軒家」であった。
しかし、この美しい教会の中は死んだように静かだった。
ここに集められた子供たちは皆、孤児である。親に捨てられた子供もいるが、子供たちのほとんどが兇器の被害者であった。兇器に家族を殺された子供や、家族が兇器になってしまった子供たちである。そんな子供たちは、自分以外の人間に心を開かなかった。人間不信になったのである。子供達の間はもちろん、子供たちと家主である老人の間に会話はほとんどなかった。
家主の老人は、オンジといった。オンジは、細長い体躯の禿げた老人で、腕のいい魔道具職人である。それと同時に、気難しく、子供をあまり好かない頑固な男であった。十数年前、彼が魔道具の契約をしている「世界平和推進機構・未来社」の会長から、孤児院を経営して欲しいと頼まれて渋々了承したのだ。よって、子供らの面倒(食事や教育、衛生管理など)は見ているが、そこに愛情は皆無であるように見えた。彼はいつも無表情で、淡々と子供達の世話を焼く。子供たちは、そんな無愛想な老人のことを奇妙だと恐れていた。
さて、この「ひだまりの家」には簡単な決まりが3つある。
1つ目は、「オンジの仕事場には絶対に入らないこと」。入居時に、オンジが怖い顔をして子供達に念を押すのである。それがあまりにも恐ろしくて、ほとんどの子供たちはオンジの仕事場には入らない。過去に一度だけその決まりを破った勇敢な子供がいたが、その子供が広い庭に植えられているリンゴの木に一晩吊るされたので、それ以降は誰もオンジの仕事場に近寄らなくなった。
2つ目は、「家族を思い出して泣かないこと」。この決まりは、この孤児院の暗黙の了解である。夜中に一人で泣きでもしたら、その声を聞きつけてオンジが怖い顔をしてやってくる。そして、どこかへ連れてゆかれるのだ。子供達の唯一の会話はこの話くらいで、噂を聞いた新入りの子供たちは、恐ろしくて泣けなくなるのだった。
最後の3つ目は、「14になる歳の春に孤児院を出て行くこと」。これは、絶対に破ることができない決まりごとであった。オンジは子供が14になる春になると、その子供の部屋にあるものを家具以外全て捨ててしまう。子供たちはそうなる前に新居を見つけるか、旅に出る準備をしなければならない。子供のものを無表情で捨ててゆくオンジと自分の将来に、まだ幼い子供たちは怯えるのであった。
そんな「ひだまりの家」に、変わった子供たちが居た。
「またこんなところに居たのか」
変声期前のソプラノに、少年は空を仰いでいた顔を戻した。
冬が終わる晩の、広い庭に植えられているリンゴの木の下。目線の少し先に、小柄な赤毛の子供が立っていた。凍えるような空気に包まれて、夕陽色の髪をした少年・セルは、また空を見上げた。
「こんなに薄着で……。風邪ひいても知らないからな」
「いいよ。別に」
「オンジに看病されるの嫌だろ」
「あの人、そんなことしないよ。隔離部屋に移して、それで終わり」
セルが答えると、赤毛の子供は困った顔をして彼を見た。琥珀の瞳が、青白い月明かりで光っている。
「何してたんだよ」
「星を数えてた」
「幾つあった?」
「ぼくが100から先を知らないの、知ってるでしょ」
「勉強しないからだ。生きていけなくなるぞ」
「別にいいよ。生きていく気ないもん」
夜露に濡れた芝生を、セルは裸足で叩いた。座り込んでいる寝間着はすでに濡れていて、おもらしをしたみたいに跡がついていた。赤毛の子供は一瞬ためらったが、セルに習って腰をおろした。ズッと鼻を啜る音が聞こえた。
赤毛の子供は、レオといった。燃えるような赤毛をひとつに束ねた、琥珀色の瞳を持つ子供である。セルはレオの本当の名前を知らない。聞いても、「きっとお前は覚えられないから」と言って愛称ばかりで呼ばせるのだった。
レオは、賢くてなんでも知っていた。毎日孤児院の書庫に籠っては、本ばかり読んでいるためである。自然のことや歴史については、殊のほか詳しい。しかし、本の虫であるからと言って体が弱いわけではない。過去にオンジの魔道具を買いに来た魔導師と手合わせをしたことがあるが、大人の男を手こずらせる程には武術と魔導術の才能があった(その後、オンジにこっぴどく叱られたらしい)。レオは明るく聡明な子供で、他の子供に話しかけては無視される日々を繰り返していた。
そんなレオの唯一の話し相手がセルであり、同時にセルの親友もレオであった。
「そんなこと言うなよ」
「じゃあ、レオ、出て行かない?」
「……それはできない。無茶言うなよ」
「レオがいないなら、ぼくは生きていきたくない」
「セル、わがまま言うな。もう12になるんだろ?」
レオは、セルの夕陽色の頭をそっと撫でる。夜中に鳴く小鳥が、ピロピロないていた。エメラルドの瞳が溶けて、セルの頬を濡らした。
「泣くなよ。オンジが来るぞ」
「家族を、思い出して、泣いてるんじゃないから、大丈夫」
「セル、強くなったな」
「ウソだ。ぼくは弱いままで、レオを、追いかけていけない」
「お前だって、あと2年もすればここを出られる。そうしたら、おれのところに来るといい」
「レオ、どこにいくの?」
泣きながらセルが問うと、レオは優しく微笑んだ。
「未来社の訓練校に行く。そこで、処刑人になるんだ」
「ブロウ?」
「兇器を処刑する魔導師だ。処刑人になれば、親父のことも、プロムナードのこともわかるかもしれない」
「……ぼくも、ブロウになれるかな」
「たくさん勉強して、たくさん訓練をすればなれるさ。だって、お前には魔導師の素質があるんだから」
そう言って、レオは手袋をしているセルの両手を握った。セルの両手は、物心が着いた時から、赤黒く変色していた。それを隠すために、普段はオンジがくれた革製の手袋をしている。おそらく、奇妙に変色した両手が見苦しいから寄越したのだ。セルは、自分の両手も、オンジがくれた手袋も大嫌いだった。
「こんな手で、魔導術が使えるかな」
「この手だから使えるんだよ、セル。お前の手には、大きな魔力が宿ってる。おれが言ってるんだから、間違いないよ」
にっこり笑って、レオはセルの手を握りしめた、その笑顔は美しかった。綺麗な琥珀に見つめられて、セルは心の冷たいところが溶けてゆくような気がした。
「おれは、明日、“14の春”になる。だから、ここを出ていく」
「うん」
「お前は、2年後に14になって、ここを出るだろう。そうしたら、お前も訓練校に来い」
「ぼく、……やっぱり、不安だよ」
「大丈夫さ、お前は賢いんだ。なんでもやればできる。……今は、頑張っていないだけで。でも、おれに追いつくんだろ?」
「うん。……ぼく、頑張るよ」
「よし、その勢だ」
そう言って、レオはセルを抱きしめた。セルはまた泣いたし、レオも少し泣いた。
空気は冷たく澄んでいて、夜空には満天の星が煌めいていた。
セル11歳、レオ13歳の最後の冬の晩であった。
⑵
レオが「ひだまりの家」を去ってから、1年。
庭の雪が溶けて、黄色い蒲公英があちこちに咲いている。麗かな春の陽気である。
セルは、あの日の晩から、毎日孤児院の書庫に通った。初めは読めない字が多かったが、段々と読めるようになり、今では大人でも知らない言葉や異国の文字が読めるようになった。
孤児院の細い廊下で繋がれたはなれにある書庫は広く、幾十もある背の高い本棚は、所狭しと書物が敷き詰められていた。東の方角に小さな窓があって、そこから柔らかな光が差し込んでいる。広い部屋の中はひんやりと肌寒くて、古い木目の床には薄い埃の膜が張っていた。ここにはほとんど人が来ることはなく、いつだってセルの貸切状態である。
かつて、レオはこの書庫の本を一通り読み終えたと言っていた。セルはその言葉を疑ったが、あの人ならばやりかねないと思い直し、『この孤児院を出ていくまでにこの書庫の本を全て読み終える』ことを目標とした。タイムリミットまで半分の1年を終えて、セルは書庫の本の3分の2を読み終えていた。残りは難しい書籍ばかりで、残りの1年を費やしても読み切れるかどうかと言う具合であった。
セルが、歴史書の最後の棚を漁っていた時である。知らない書籍の中に、見覚えのある本を見つけた。
(これ、レオがよく読んでいた本だ)
赤い背表紙の古めかしい本は、確かに、レオが好んで読んでいた歴史書だった。異国の言葉(おそらく、隣の国のもの)で書かれたその本は、かなり分厚く重たい本だった。セルはその本を引き抜いて、埃っぽい床にそのまま座り込んだ。その歴史書は、「ラウド」と呼ばれる魔導師の始祖についての伝記のようであった。古い匂いがするその本には、わからない言葉ではないが、所々知らない単語が出てくる。セルはペラペラとページをめくって、大体の内容を読み進めた。
「アッ」
ページをめくっていると、その間から一枚のメモ書きが飛び出してきた。小さなメモ書きは床に落ちて、薄く張った埃に覆い被さった。
(なんだろう、この紙……)
不思議に思って、セルはそのメモ書きを拾い上げた。
「『Je m'appelle Leonor Leonhard.』私の名前は、レオノール=レオンハート……」
レオだ!!!
大きな声が出て、セルは口を両手で覆った。
その小さなメモには、整った文字で異国の言葉が綴られていた。
右上がりのキチンとしたこの文字は、確かに、レオのものであった。
(レオは、レオノールだったんだ!)
セルは嬉しくなって、小さなメモを天井へ突き上げ、ひとりぼっちの書庫の埃っぽい床に寝そべってウフウフ笑った。パタパタ足を床に叩きつけるので、セルの周りに埃が舞った。
レオが名前を教えてくれなかったのは、異国の名前だったからだ。きっと、このメモ書きの文字が、レオの故郷の言葉なのだ。
(レオは、ぼくがこの本を読むとわかっていて、名前を残してくれていたんだ!)
そう考えて、セルはピタリとパタつかせていた足を止めた。
さて、この言葉はどこの国のものだったかしら。
セルは急いで異国語の棚へ行って、世界中の言葉が載っている分厚い本を引っ張り出した。
確か、この言葉はそんなに離れていない国の言葉だ。
ページをめくって、しばらくして、見つけた。
「アジスタ王国」
アジスタ王国は、「ひだまりの家」がある国の隣にある国だ。世界でもトップを争うほど広大な国土を持つ。国の西側は海に面しており、貿易が盛んなことで有名である。
(アジスタ王国……。「世界平和推進機構」の本部がある場所だ)
セルは、先日読んだ歴史書の内容を思い出した。
「世界平和推進機構」通称・未来社は、災害及び兇器の討伐のための組織である。1463年に発生した第2プロムナード討伐後に発足し、1517年の第3プロムナードではその収束に貢献した。現在では世界各地に支部を構え、その数は150箇所にも及ぶ。また、未来社の本部には第3プロムナードの残骸が保管されており、「ラウドの災害」についての研究も進められている。
(レオは、アジスタの人だったのか)
セルは、親友の故郷がわかって嬉しくなった。そして、『孤児院を出たらアジスタへ行く』という目標ができた。レオが言っていた「訓練校」への行き方も、そこへ行けばわかると思ったのだ。レオは、「訓練校」に来い、とは言ったものの、その場所を教えてはくれなかった。どうやら、「自分で探すところから追いかけてきて欲しい」ということだった。セルも、それで納得した。
そうと決まれば、この国の言葉をもっと勉強しないといけない。セルはそのまま、アジスタ王国の公用語を学ぶために異国語の棚を漁るのだった。
日が傾き始めた頃である。
もう窓の外が仄暗くなり、セルが自室で読むための本を選んでいた時。突然、ギィと書庫の扉を開く音がした。
セルは棚から本を半分抜き取った格好のまま、静止した。扉の方に向けた顔が引き攣っていた。
立て付けの悪い音を立てて開いた扉には、怖い顔をしたオンジが居たのだ。
「……な、なんですか」
びっくりして、セルは問うた。おそらく、これが少年と老人の間で最初の言葉だ。
オンジはセルの声にますます怖い顔をして、廊下の方を顎でしゃくった。セルは意味が分からなくて、呆然と立ち尽くしたままだ。
「…………来い」
ひどく嗄れた声に、セルの喉は引き攣った音を出した。
地獄の底から這い出したような、恐ろしい声だった。
セルは、自分の体の中を冷たいものが満たしてゆくのを感じた。
オンジは怖い顔のまま、扉から離れて廊下を歩いてゆく。オンジが手を離したドアが勢いよくしまり、セルは弾かれたように飛び上がった。少年は慌てて手に取った本を元に戻し、老人の後を追いかけた。書庫の中では、細かい埃がキラキラ舞っていた。
オンジについて行くと、辿り着いたのは元教会の最奥にある“オンジの仕事場”であった。セルは驚いて、オンジの方を見た。だって、ここは「立ち入り禁止」のはずなのだ。オンジは怖い顔のまま、重たそうな扉を開けて、中に入るように顎でしゃくった。
恐る恐る中へ入ると、そこは鉄と木材の混ざったような匂いのする、魔道具の制作場所だった。天井の真ん中にブラさがった小さなランプが、橙色の光で部屋を満たしている。部屋の左側には大きな竈門があり、たくさん灰が積もっていた。部屋のあちこちには様々な材料が積まれ、正面にある作業用のデスクと中央の狭い空間以外は足の踏み場がない状態だった。
「あの……。ぼく、何かしましたか?」
セルは怯えた顔つきで、遠慮がちに問うた。なぜ突然呼び出されたのか、まったく心当たりがないのである。日中はずっと書庫に籠っているし、夜は書庫から持ち出した本を自室でずっと読んでいる。もしかして、持ち出してはならない本があったのだろうか。この老人はそれに気がついて、セルを「立ち入り禁止」の仕事場まで連れてきたのだろうか。
何をされるのか分からないままセルが怯えていると、オンジは正面にある作業用のデスクを顎でしゃくった。座れ、と言うことらしい。セルが混乱しながらもデスクに座ると、オンジは無言でセルの目の前に何かを広げ始めた。
それは、7冊の小冊子だった。
オンジはインクとペンをセルに渡し、嗄れた声で「やれ」と言った。
どうやらこれらの冊子は問題集で、セルに解かせようとしているらしい。
セルは困ったようにオンジを見たが、オンジは何も言わずに作業場を出て行った。
ひとり取り残されたセルは、仕方がないので7つの小冊子の中から1冊を選んで、広げてみた。どうやら、本当に問題集らしい。異国の言葉を翻訳したためか、問題文には幾つかおかしな文法があった。セルはそれを簡単に直し、問題を解き始めた。問題の内容は簡単なもので、書庫で得た知識を使って、セルは淀みなく回答を書き込んでいった。1つ目の冊子を数十分で解き終えると、セルは他の小冊子も広げていった。内容それぞれ、「文語学」「計算学」「自然科学」「歴史学」「生物学」「戦闘術学」「魔導術学」だった。セルは健全な少年であったので、恐ろしい老人へ少々の嫌がらせとして、最後に解いた「魔導術学」の冊子は異国の言葉で回答を埋めていった。
セルは2時間程度でそれら全てを解き終え、オンジが来るのを待った。しかし、いくら待っても、一向に来る気配がない。もしかすると、夕食の準備をしているのかもしれない。どうしたものかと考えて、7冊の冊子をデスクに置いたまま、こっそりと仕事場を抜け出した。窓のない仕事場では分からなかったが、外はもう薄暗く、西の空は真っ赤に燃える夕日に染まっていた。空の高いところには、いくつもの星が煌めいていた。
(レオも、この星を見ているのかな)
そう思うと、セルは赤毛の親友が恋しくなった。優しい琥珀の目が、青白い月明かりに光っていたあの晩を思い出す。セルはぐいと目尻を拭って、自室への廊下を歩いて行った。
⑶
オンジの作業場に連れて行かれてから、一週間。この日も、セルは書庫に籠って本を読んでいた。歴史書の棚は読み終わり、自然科学の棚に移ったところだった。静かな書庫は東側の小窓から春の日差しを受け、優しい明るさに満ちている。
そういえば、レオも自然科学が好きだった。
思って、セルは数日前から、またどこかにレオのメモ書きが残されてはいないか注意深く探しているが、今のところその気配はない。レオのメモ書きは、あの1枚だけだったのかもしれない。
(レオも、こうやって本を読んでいるときに、オンジに連れて行かれたのかしら)
文字を追うことに少々疲れたセルは、埃っぽい床に寝そべって、一つ息を吐き出した。
その後、オンジは何事もなかったかのようにいつも通りになった。無愛想で、一言も喋らない老人に戻ったのである。『きっと、あの地獄のような声はぼくの幻覚だったのだ』とセルが思い始めるくらいには、セルにも他の子供たちにも話しかけていなかった。
(もしかすると、あの仕事場へ行ったことも、ぼくの幻覚なのかもしれない)
セルはそう思ったが、果たして、あの鉄と木材の混じった匂いが鮮明に思い出されるのだ。これはセルの中で、あの出来事が夢や幻覚なぞではない証拠であった。「夢のような現実」という仮説が、セルの中で確立したのである。セルはうずうずして、数日前の夕食の時にオンジに疑問をぶつけてみようかとも思ったが、当の老人は怖い顔で夕食の乗ったトレイを押し付けてくるだけだったので、怖気付いて思いとどまった。その晩のビーフ・シチューは、いつも通りおいしかった。
しかし、オンジに変わりはなかったが、孤児院には少々変わりがあった。
「セル、いる?」
立て付けの悪い扉が開く音がして、セルは起き上がった。薄い背は埃まみれで、白っぽくなっていた。
「ローラ。……アッ、どうしたんだよ、その怪我」
「ダニエルが突き飛ばしたの。それで、ハンナが手当をしてくれたの」
扉を開けて入ってきたのは、幼い女の子だった。その細い膝小僧には、白いガーゼが当てられている。小さな少女は駆け寄ってきて、セルの前にしゃがみ込んだ。
「でもね、聞いて、セル。ダニエルは悪い子じゃないの。わたしがね、ウサギを追いかけてたからなの」
「そう」
「だからね、ダニエルは優しいのよ。動物があの子のお友達なの」
「ふふ。大丈夫だよ、ローラ。ぼくはダニーを責めたりしないから」
セルは埃っぽい床に腰を下ろしたまま、駆け寄ってきた少女の小さい頭を撫でた。少女は一生懸命に怪我の事情を説明していたが、セルの手がくすぐったかったのか、クスクス笑いはじめた。
柔らかいブロンドの髪をしたその子供は、ローラといった。無邪気で、心優しい素直な子供である。ローラは、セルが仕事場に連れて行かれた翌日に、この孤児院に来た。そして、初日にセルが建物の中を案内してやると、スッカリ懐いたのだ。小さな少女はまだ6歳を迎えたばかりで、この孤児院の中でも一等幼かった。彼女もまた、兇器に家族を奪われた子供だった。
「ハンナが手当をしてくれたって?」
「そうよ!ハンナって、すごいの。お薬のこと、とっても詳しいの」
「ハンナと喋ったの?」
「ちょっとだけね。ここに付けたお薬のこと聞いたら、教えてくれたの」
「そうか。……ローラはすごいね」
セルは優しく微笑んだ。ローラは不思議そうな顔をしたが、愛らしい声でおしゃべりの続きをし始めた。
ハンナという少女は、セルと同じ時期にここへやってきた子供だった。年齢はセルの一つ下で、彼女も兇器に両親を殺されたらしかった。ハンナの両親は町医者で、診察へ行った患者が兇器になっていて殺されたのだ。ハンナは、そのショックで他人と会話をしない少女になってしまった。過去、セルも彼女へ話しかけたことがあるが、どうしても口を聞いてはくれなかったのだ。
(この子には、他人に勇気を与える力があるのかも)
セルは幼い少女のおしゃべりに相槌を打ちながら、柔い髪の毛に着いた埃を取ってやった。
ローラはこの孤児院の子供たちがいかに良い子か、いかに優しいかを、可愛らしい声で自分のことのように話すのだった。
「ケイトは昨日、お花の王冠の作り方を教えてくれたの!お庭にタンポポが咲いてるでしょ?あれで作るのよ!あ、それと、ジョーンは名前の書き方を教えてくれたわ!ランスは押し花の作り方を教えてくれたの!あとね、」
「……ローラは、他人の良いところを見つけるのが上手なんだね」
「だって、全部ホントなの。みんな優しいの。でも、一番優しいのはセルよ」
「え、ぼく?」
「だって、わたしのお話を聞いてくれるんだもの!みんな、気がついたらいなくなっているの」
心優しい少女は無邪気に笑う。
それを聞いて、セルの暖かかった心臓が急激に熱をなくしていった。
この感覚を、セルは知っていた。
かつての自分が、そうであったからだ。
幼い日のセルは、無邪気で誰にでも話しかけようとする少年だった。しかし、他の子供たちから避けられていることに気がついた時、身体が凍えて動けなくなってしまった。人と話すのが怖くなった。そんな時、ずっとそばにいてくれたのが他でもないレオだったのだ。セルよりも半年遅れて孤児院に来たレオは、セルの凍えて固まってしまった心を溶かしてくれた。だからセルはレオに懐いたし、レオにだけ心を開いたのである。セルの心は元通りにはならなかったけれど、レオと接するうちに優しい部分を取り戻していった。
しかし、もうレオはいない。セルがこの少女の“レオ”になったとして、共にいられるのはあと1年もないのだ。彼が孤児院を去った後に、少女は絶望してしまうかもしれない。
今は、他の子供たちに“面白がられている”だけかも。
いつか、自分のようになってしまうかも。
この子の心が、壊れてしまうかも。
聡明な少年の頭はぐるぐる回って、思考が止まらなくなった。
(せめて、レオのように強く生きて)
思考を止めようと、セルは少女の小さな体躯を抱きしめた。少女はまた不思議そうな顔をしたが、笑いながら抱きしめてくれた。
「ローラ。きみは、ずっとそのままでいて」
「そのまま?」
「その優しい心のまま。……どうか、絶望しないで」
「ぜつぼうってなあに?」
素直な質問に、セルは笑って誤魔化した。声を出すと、エメラルドの瞳が溶けてしまいそうだったから。
セルは数回瞬きをして、ローラを離して立ち上がった。ローラも、そっとセルの首から細い腕を外した。
「さあ、もうすぐ昼食だ。広間へ行こう」
「やった!今日はきっと、コーン・ポタージュよ。おじいさんが、トウモロコシを運んでいたもの!」
少女は小鳥のように笑って、少年の腕を引いた。
セルは読みかけていた分厚い本を脇に抱え、ローラに引かれるまま、書庫を出ようとした。
その時である。
「……ワッ。なんだろ」
玄関の方から、怒鳴り声が聞こえたのである。玄関から書庫まではかなり距離があるので、途轍もない剣幕であることは確かだった。
「おじいさんだわ」
「オンジが怒鳴るなんて……。今まで一度もなかったのに」
確かに、聞こえてくる地鳴りのような声は、家主の老人のものであった。
しかし、普段は喋りもしない老人が、こんなに大声で喚き散らすなんて。
セルは嫌な予感がした。彼の薄い背筋を、冷たい汗が撫ぜた。
「ローラ。2階の部屋に行きなさい。オンジの保護魔法がかけられている。階段までは一緒に行くから」
「セルは?」
「オンジのところに行く。孤児院じゃ、ぼくが最年長だ。何かあったら、みんなを守らなくちゃ」
「嫌よ!セルと一緒に行く!」
「ローラはまだ小さいから、一緒に連れて行くことはできないんだ。……きみは勇敢な子だ。ひとりでも、待っていられるね?」
「……うん。待ってるから、すぐに来てね?」
「いい子」
セルはローラの頭をそっと撫でて、細心の注意を払いながら書庫を出た。いつの間にか空は灰色に薄暗く、誰もいない廊下はひんやりと冷えていた。書庫から廊下をまっすぐ進めば、子供部屋のある2階への階段がある。二人が階段へ向かう間も、オンジはずっと怒鳴っていた。
階段にたどり着き、ローラを2階へ登らせる。不安そうな顔で何度も振り返る少女を、セルはその姿が見えなくなるまで見守った。
ローラの姿が階段の奥に消えると、セルは急足で玄関へ向かった。嫌な汗が止まらない。途中で通り過ぎた広間には、子供達の昼食が並べれられていた。コーン・ポタージュと焼き立てのパンだった。
玄関に近づくと、やはり、オンジが大声で怒鳴っていた。そのまま死んでしまうのではないかと思うほど、オンジは大声で叫んで怒り狂っていた。そんなオンジの姿を初めて目の当たりにしたセルは、玄関前の曲がり角で足がすくんでしまった。耳のすぐ裏で、心臓が音を立てる。
意を決して、怒鳴るオンジのいる玄関をセルは壁から顔を出して伺った。怒鳴るオンジの後ろ姿が見える。開け放たれた背の高い扉の外は灰色の空が広がっていて、敷居の前には体躯の良い青年が二人立っていた。どこかの制服をキッカリ着こなした、清潔な青年たちだった。
「あの子はまだ12だ!連れてゆくなんて、そんなことはさせんぞ!」
「今年で13のはずです。たった1年、時期が早まるだけでしょう」
「勝手なことを言いおって!そんなことはさせん!」
「すでに決定事項です。それに、ここに預けたのは経過観察のためです。もう、その必要はなくなりました」
「殺すのか⁉︎あの子を、怪物と同じように処刑するのか‼︎」
「とんでもない。我々の部隊に迎えます」
「ハッ!あの子を処刑人にするつもりか!そんなこと、わしは許さんぞ!」
「何度も言いますが、すでに決定事項です。ボック殿、お聞き分けを」
興奮しているオンジは、青年の話を聞こうとはしていなかった。唾を飛ばしながら怒鳴っている。
オンジの相手をしている黒髪の青年(大きな眼帯で顔がよく見えない)は、呆れたように溜息を吐いた。
「しかし、彼はもうこちらに来ているようだ。本人に直接話します。あなたでは話にならない」
そう言って、青年はオンジの後ろの壁を見る。壁から顔を出していたセルは、黒髪の青年と目があってギョッとした。
気づかれていたのだ。
夜の闇をそのまま嵌め込んだような片目に捉えられて、ドッと汗をかいた。指の先が冷たくなって、心臓が頭の中まで駆け上がってきた。
「小僧!来るな!部屋へ戻れ!」
オンジはようやくセルに気がついたようで、今までに聞いたこともないような恐ろしい声で怒鳴った。
空気が震える、地獄の地響きのような恐ろしい音だった。
セルはそれにびっくりして、(情けないが)腰を抜かしてしまった。足がすくんで、しゃがみ込んでしまう。白い歯がカチカチなって、体が冷えていった。
赤毛の親友に、年長者は子供達を守らなくてはいけないと教えられたのに。
ぼくは、ここにいる子供たちを……あの子を守らないといけないのに。
セルは、自分の弱さと情けなさに泣きそうになった。
「彼は、訓練校の卒業試験も合格しています。しかも、昨年度の首席以上の成績だ。ボック殿、こちらの条件は、全て揃っているのですよ」
「貴様……。おい!勝手に上がるな!」
廊下の隅で凍えているセルの前に、背の高い影ができた。
セルは、恐る恐る顔をあげる。
「ご機嫌よう。……5年ぶりだな」
エメラルドと漆黒が交わる。
目の前にいたのは、彫刻のように美しい顔をした美青年だった。カラス色の髪と真っ白な額のコントラストが、薄暗い廊下でも眩しくみえる。青年は分厚いレンズの入った巨大な眼帯をしており、美しい顔の左半分は上質な革で覆われていた。
「あの時の子供が。……見違えたよ」
「あ、あなたは……?」
張り付く喉を震わせて、青年を見上げたセルは問う。
彼の震えた声色に、背の高い美青年は露出している漆黒の右目を細めた。低く笑う。
セルはその不思議な笑みに釘付けになって、ぽかんと形の良い口を開いた。
オンジの怒鳴る声も、庭で囀る小鳥の声も、どこか遠くへ行ってしまったように聞こえなくなった。
美しい青年はセルの前にしゃがみ込み、低く言った。
「私は、世界平和推進機構・未来社、処刑人第1部隊部隊長、ニコラ=カールマン」
きみを、迎えにきた。
<続>
閲覧いただきありがとうございました。
この【アルムの宿し子】は、私の頭の中で10年くらい考えている【ラウドの災害】という物語の派生で作られたものです。なので、この物語だけでは完結しません。いつか、【ラウドの災害】の方も執筆できればなあ、と思っております。
私はこのサイトで小説を書くのが初めてなので、おかしな点や誤字脱字があったかもしれませんが、ご了承ください(こそっと教えていただけるとありがたいです)。これからもぼちぼち執筆していく予定なので、一緒に楽しんでいただけると幸いです。これからもよろしくお願い申し上げます。
2020年11月21日 水瀬 宏