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侵入者2 / 蜘蛛人レインとヨナの罠

港に停泊している古代戦艦の後部ハッチにとりつく。


古代戦艦の出港作業は終わっており、周囲にヒトはいないが、念のため認識阻害のローブを着て姿を隠す。

ハッチは固く閉じられており、私は警報に検出されないよう慎重に、魔術による解錠を試みる。

解錠は、想像していたよりもずっと難しかった。

魔術にはちょっと自信があったけれど、さすがに古代戦艦の装甲を抜くほどの火力はないし、騒ぎになれば目的を果たすことができない。

魔力切れに注意しながら、認識阻害のローブに魔力を同時に注ぎながら、解錠作業。


気の遠くなるような長い時間が経っていくような気持ちがした。


と、不意に、解錠魔術を操る指先に感触。


灰色のレバーを掴み、慎重にひねる。

金属の擦れる小さな音とともに、ハッチが開いた。


わずかにひらいた開口部から、吸い込まれそうな暗い船内を覗き込む。

鷹の目の魔術を短杖から呼び出して、周囲に魔術の罠がないことを確認。

ついでにヒトもいないことを確かめる。


認識阻害のローブは便利だけれど絶対ではないから、慎重に。

なるべく音を立てないように、ゆっくりと船内へ。


侵入の形跡を残さないためにハッチを閉めて、一息。

頭の中で艦内地図を想像しながら、さてどこへ行こうかと考える。

このまま艦首方向へ向かうと、物資を搬入していた後部貨物室がある。


積み込み作業を見ていたとき、貨物室には何故か竜がいて。

竜は人間と違い、認識阻害がそれほど効かない。


となれば、まずはここからひとつ下の階層へ。


そしてもし、魔力と集中力があるうちに辿り着けそうならば。

私は、古代戦艦の艦橋部が。


瞬間、思考は船の微振動に遮られた。

大した力で引かれたわけでもないのに、驚いて転びそうになる。


2歩たたらを踏んで、何が起こったか理解する。


出港。

これは罠だ。


条件反射的に頭上にあるハッチを見やる。

閉じたハッチをただ見ながら、私は自分の死を理解した。


----


他の船室へつながる扉はすべて閉まったまま。

30分ほど諦め悪く思考したあと、認識阻害に使っていた魔力は止めた。


その場に座り込み、目を閉じる。

食料は市場で買ったトマトがひとつ。水は小サイズの水筒に半分。

リネン周りは諦めて皮袋。

長期探索になるようなら厨房にでも忍び込むつもりで、そもそも長期自給を想定していないのだった。


ハッチは私を誘い込むためにわざと開けられたのだろう。

私を閉じこめてから船は出港し、古代戦艦はすぐに逃げ場のない洋上へ。


閉じこめたあと、放置されていることだけが、少し不思議だった。

諜報員の疑いがあり、生きたまま確保したいはずではないか。


私が魔術を使えることを相手は知っている。

魔術師を積極的に拘束できる白兵戦力が、この船にはないのか。


ソレも含めて、自決するなら勝手にしてくれ、ということなのかもしれない。


降伏を申し出ようにも、古代戦艦に無断で侵入したものは大陸共通で略式死刑。

どうせ殺して海に捨てるだけなら、捕虜に対するそれなりに優しい扱いは期待できない。


眠っているような、起きているような。

長いような、短いような。

身体の時間を止められる、瞑想のような魔術を探して覚えておけばよかったなとか、考えたり。


手慰みの極小の魔術で雑に時間を数える。2日が経過した。


----


扉が開く音で目覚める。

座り込んで膝の上に放り出していた自分の右手が目に入り、右手を握ってまだ握力が残っているのを確認した。

2日では死にはしないだろうけれど、少なからず体力は削れているはず、という判断なのだろう。

実際、それほど動ける気はしなかった。


生きたまま確保して尋問したいはず。あるいは尋問は諦めて最初から殺しに来るか。

せめて、扉のむこう、もう1区画だけでも見てから死にたい。


「侵入者さーん、レインはあなたからいろいろ聞き出したいのですがー」


間の抜けた声に呼応するように、私は認識阻害のローブに魔力を流し込み、その場から飛び跳ねるように移動。


見ないまま短杖から火の魔術を呼び出して投げつける。

相手は避けもしなかった。

ただ勢いのまま、こちらが見えているかのようにまっすぐに突っ込んできた。


それなりに自信のあった火の魔術は、解呪の魔道具にゆらいで、次の瞬間に木の杭のような黒茶色の脚に叩かれて焼尽。

1秒持たずに、私は床に釘付けで身柄を拘束された。


「ヤケドになってないといいけれど」


大人ひとり分を炭にできるはずの私の全力を受けて、私の上に乗った相手はそのようにひとりごちた。

あと少し力をかけるだけで、あっさりと私の心肺を押しつぶすであろう、肢体。

目が慣れたはずの区画は火の魔術で暗闇に戻り、暗闇の中に溶け込むような、4本以上の太い脚。


蜘蛛人の修道女。


見上げた暗闇の向こう、獲物を捕まえて濡れ光っているはずの瞳すら、私には捉えることができなかった。

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