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幕間:『死ぬのは怖い、あるいは怖くない』

生まれて初めて、死ぬのが怖いと思った。


まだ幼かった頃。

傍系の末娘『ミッキ・クロウド・エヴナ』として、エヴナ家の重鎮である、お祖父様への顔見せ。

そこで見聞きした『人造艦船』の構想。

その日の夜。興奮して知恵熱の出そうなくらいに考えが巡ったまま、『人造艦船』でいっぱいになった頭で、ベッドの中に潜ったあと。


開発プロジェクトの座組みとスケジュールを構想していて気づいた。

(私は完成した『人造艦船』を見ること無く死ぬ。)


エヴナ家の人間は、どこかしらおかしいから、子供の頃に高いところから落ちるとか、爆発に巻き込まれるとかは、わりとある。

私も自分では実験はあまりやらなかったが、甥の実験につきあっていて、発生した毒ガスで死にかけたことがある。


苦しいと感じたが、意識が消えていくことを、怖いとは思わなかった。


----


私と姉さんは同じベッドで寝ていた。

エヴナ家に部屋とベッドが足りなかったのではなくて、姉妹どちらからも不満が出なかったから、そのままになっていただけだけれど。


「どうしたの、ミッキ泣いてる」

「はい。泣いています」

「ミッキが泣くなんて初めて。どうすればいいのかしら、どうしよう。ねえいったい、なにがあったの?」


この頃、義姉さんはまだ私の実姉で。

まさか数年後に姉さんが家を飛び出すとは考えてもいなかった。

私が、お祖父様の夢と海外旅行協会を引き継ぐために、家を出たあとの出来事だ。


----


ベッドの中で、姉さんは私の話を聞いてくれた。

そして話が終わると、こう言った。


「ちょっと羨ましいな」

「姉さん?」

「だって、ミッキは私の妹なのに、私より先に、そんなに大切に思うキレイなものを見つけたのよ」


暗闇で、優しく目を細める。


「わたし、最近絵を描いているでしょう?」

「はい。姉さんは絵を描いています」

「絵の先生が言っていたの。

手先の技術はとても大事だけれど、一番大事なのは、キレイなものを見つけて、自分の心の中にそれを持つことだって。

だって、キレイなものを知らないのに、綺麗に絵が描けても、しかたがないでしょう?

でも、キレイなものを知っていれば、絵にかけなくても、それはもうここにある」


姉さんは私の胸元を優しく触った。

それと頭も。


「自分の中にキレイなものを集めて、それを頭の中から現実に移していく。あるいは絵に描き写す。

たしかに、胸の中にあるものを形にできない、絵に綺麗に写せないことは悔しい。

胸が張り裂けそうなほどに。

けれど、胸の中に熱がない人生は虚しいものだから」


そう言って姉さんは自分の胸の同じ個所を触る。


「ミッキは見つけたのね。私はそのことが、とても誇らしい」


姉さんの言葉は、私の基準では何の『解決』にもなっていなかったけれど。

あんなに切実だったはずの怖い気持ちは、ずいぶん和らいでいた。


「姉さん、すごいです」

「えー? わたしの言ったこと、伝わってない? ミッキがすごいって話をしたつもりなんだけど」


私と姉さんは、考え方が、かなり根本から違う。

だから一度こうなってしまえば、このあと理解し合うことは難しい。


何度か試したことがある。

前提条件から確認し、同じ内容を3つ以上の表現で言語化し、ていねいに言葉を重ねて、3日くらいかかってしまう。


でも、別にそこまでする必要はない。

私たち姉妹の関係を保つのに必要なことは、造船用語や画家としての思想といった言葉の意味が通じることではないから。

私たちはそのあと、一言も交わすことなく、おでこをただ触れ合わせて、そのまま眠りに落ちた。


----


「ミッキ、この前の戦闘で対艦戦闘が怖くなった?」

古代戦艦イリスヨナ、第一発令所。

深夜。


ヨナさんが尋ねる。

私は『いいえ』と答えようとして、やめる。


死ぬのは怖くない。

あるいは怖い。


少なくとも、初期艦『択捉』のリリースまでは見届けるまでは。

その先に私たちが作る艦隊を、この目で見てみたいから。

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