幕間:竜を継ぐもの
神話生物『永年竜王』の卵、爆撃では破れなかった魔術防壁の宗教施設。
その離宮の壁を、古代戦艦イリスヨナの衝角が突き破って現れる。
怒号と悲鳴、衝撃が収まったあと、パラパラと落ちる破片。
やがて艦首上に現れたのは、奇妙な黒狐。
ヒトと獣の間の子。
顔には、ヨナの特徴がかなり残っていた。
大きな瞳が人形のようにクリクリと丸く、瞳孔は開放され。
その瞳に正気は元からない。
犬のように突き出した鼻先。
四つん這いの姿勢に適応した撫で肩。
それでも頭から上半身までは、ぎりぎりヒトの形状を保っている。
胴体後方は文字通り『グチャグチャ』で、胴を割り、足を裂き、ボロ布のようになって原型を留めていない肢体のあちこちから、金色の神経軸索が飛び出す。
四足歩行獣の姿勢でありながら、下半身から無数に生えるリボンに乗って中空に浮いており、屏風に描かれる日本神話の神獣を思わせる。
獣が鳴いた。
『イリス様! チセを見つけました! チセは無事です!』
と我鳴りたてる。
飼い主に伝える救助犬が如く、そしてより激しく。
同時に、古代戦艦イリスヨナが全長300mある船体全てを鳴動させて、ソナー音に似た甲高い鳴き声で求愛の歌を奏でる。
声と共に放たれる電磁波の全方位全帯域放射は、全域ゆえに微量ながら放射線さえ含んでいた。
ある意味で日本人にとって最も忌避するべき汚染を撒き散らす。
禁術より呪術よりも拭いがたい毒で周囲を汚す。
そんなヨナの姿は周囲からすれば、愛する巫女姫に媚び尽くした黒毛妖狐。
巫女姫の所有物として、また獣としての喜びに満たされたヨナに、ヒトとしての尊厳や矜持は無価値なもの。
白痴で甘い獣の声で『こーん♡』と鳴く姿を誰に見咎められて恥もない。
求愛の声が親鳥を呼び込む。
「チセ、行く?」
舞い降りたイリス嬢が騎上から差し出した手に、チセはうなずく。
取られた手に割り込む声。
「お待ちください! どちらへ行かれるのです!?」
「小竜姫、どうか我らの元にお戻りを!!」
「新たな竜王に国と教会を治めていただかなければ!」
『決めるのはチセであって、お前たちではない。チセは「国王」ではないのだ』
声に振り向きもしないチセをフォローするつもりなのか、機関長が答える。
『チセは王なのだから』
否もない。
絶望の息が漏れる場の空気を、呪詛の篭もった声が払う。
「待て」
少女の小さな身体から、内圧で臓物が押し出されるような嗚咽が漏れる。
「痛い。苦しい。胸がはち切れる。頭が割れる。視界が白く染まる。心が永年竜王に飲まれてしまう」
器たり得ない者に、本来呼び出せない神話生物『永年竜王』を乗せた負荷。
竜王筋の血を引く竜人種、頑丈であるはずの少女の心身をいとも簡単に圧破させる。
その苦痛の矛先、正当な応報、あるいは八つ当たり。
「お前ら全員、皆殺しにしてやるぅぅッ!!」