幕間:双胴艦爆『黄奈子』、急降下爆撃
目の良い竜騎士たちにも地形に遮られた遠く港湾の様子は見えなかったが、立ち上る複数の黒煙は目視することができた。
また騎乗竜たちはテレパシィのような力で互いに感じ合い、港湾へ向かって移動してくる激しい空戦の雰囲気を感じ取っていた。
『離宮』に張り付きで、内部の皇帝の筋を守っているのが、近衛の守備隊。
その時点ではまだ空戦の『やけに必死』な雰囲気を『飛行機とやらに手間取っているな』と冷静に見守っていた。
状況が変わったのは、港湾からこちらへ直進してきたことである。
やがて見慣れない『飛行機』の群れ、背を追われる騎乗竜たちが向かってくる姿さえ視界に入ってきた。
方向からして『飛行機』たちが港湾守備隊の制空域を抜けてきたことは確実。
「どうしてこっちに来るんだ!!!」
「港湾守備隊と攻勢部隊は何をやっている!?」
まさか追い立てられている数騎の騎乗竜がその攻勢部隊の残兵であるとは気づかない。
さらに、飛んでくる『飛行機』の群れの後ろに身を隠し、赤い靄で姿をぼやけさせながら飛ぶ異形の飛翔体。
その正体を見定めるより先に、
「伝令! 港湾守備隊壊滅!」
「見れば分かる!」
「なぜ伝令が遅れた」
「次々に部隊が壊滅し、現場がそれどころではなく」
そもそもイリス嬢の身柄確保の時点で、地上戦で終わって竜騎士には出撃の予定すらなかった。
それを聖竜皇国の竜騎士が出撃すれば敵を全滅させて当然だったはずが、戦果も少ないまま貴重な騎乗竜を次々失っているとは報告できない。
大国ゆえのセクショナリズムがあることは否定できないが、役割とはそういうものでもある。
ただ現場からすれば、状況がどうあれ近衛の守備隊から追加戦力は出てこないわけで、報告も最後回しにされていた。
「何が起こっている?」
「異形の竜、いや、鳥が! 鳥が!」
「鳥?」
「離宮内はどうなっている、なぜ避難しない? 伝令は先に伝わっているはずだ」
「我々は現状を絶対遵守だ。皇姫様はここを離れられない」
「なぜだ!!」
「永年竜王が復活、いや竜王の血が蘇るのだとも言っていた。太閤殿は新たな皇姫が現れたと」
「わからん、順に話せ。いったい離宮内で何が?」
「来るぞ! 時間がない、迎撃の陣形を組め!」
必死に逃げる竜騎士を空中で背中から蹴り潰しながら、一息に増速した『総統騎』が童女を背負って正面から陣形に飛び込む。
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遅れて『桃音4A』観測小隊が鉄火場に飛び込む。
たちまち3機の『桃音』が撃墜された。
騎乗竜たちは無傷。
王族の近衛ともなれば飛行機による当たるフリ戦法など通用せず、すれ違いざま尾のひと薙ぎで機体を真っ2つといった芸当ができる。
対する『桃音』側の残弾は心もとない。
というかそもそも最初から装弾数はそれほど多くなかった。
『機銃』と呼んでいるのは他に呼び方を考える余裕がなかったからでしかない。
機関銃も弾も足りず、ほとんどの機体は機体内側に単発のマスケット銃を数本束ねて詰め込んでいるだけ。
機銃の弾数の寂しさもあって空戦の賑やかしにしかならないが、逸らされた意識の一瞬の隙間を縫って、総帥騎から空中碇が突き出される。
「ぐぅっ」
「このっ」
「うがっ」
空中碇4本が攻撃、3本が命中打、しかし1騎が不意打ちで翼を痛めて落下不時着に移ったものの、2騎にはいなされてしまう。
だが同時に始祖鳥の蹴りが炸裂し、1騎が姿勢を崩す。
「あんなの鳥じゃない!」
「あれが大コンドルの同類だと言うつもりか!?」
しかし近衛部隊は優秀、4騎落とすこともありえた一瞬の攻防を脱落なしで凌ぐ。
喋れなくとも人語を解す竜や、体躯や魔力といった特色もある優れた竜が割り当てられている。
ミサイル制空戦闘機がごとく戦果を生み出した総統騎も、ここにきて『無限ミサイルランチャを飛行ユニットに載せただけ』という急場しのぎの限界が見える。
近衛部隊の優秀な騎乗竜たちであれば冷静に囲い込んでしまえば対処でき、いや1対1でもまず負けはない。
周囲の飛行機はまるで火力が足りないので無視してよい。
だがフーカがこの戦力差を認識していないはずもなかった。
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『『4B』各機へ、空域クリアならず。だが作戦を強行せよ』
『了解。作戦を強行する』
モールス信号のような簡単な符丁で全機に伝達。
カウントでタイミング合わせて各3機グループの隊長機が『エントリィ』のハンドサイン。
『エントリィ、スタート』
『『『降下!』』』
全機が一斉に姿勢を崩したかのようにダイヴ姿勢となって降下を開始。
「総統騎を『オトリ』にしての急降下爆撃とはな!」
操縦士が誰を聞かせるでもなく、ひとりごちる。
総統騎は魔力の放出もあって低空に竜騎士たちの注目を集めていた。
だが降下姿勢を取る一瞬前には頭上から降る殺気を察知される。
「さすがは聖竜皇国の竜騎士は気づくか」
上空から迫る『桃音4B』<ソードフィッシュ>艦爆小隊。
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敵であることを差し引けばではあるが、竜騎士たちは初めて見た『桃音』を美しいと評価していた。
すれ違う姿を優美だとさえ感じる。
だが、天から下ってくる機体は醜く、そして禍々しい見た目をしていた。
「なんだあれは!」
「巨大な剣が、降ってくる?」
「剣にヒトが乗っているのか!?」
太い唇でニマリと下卑た笑みを浮かべた口。
醜い口元に短小で野太い剣を咥え、切先を機体前方へ向けている。
最低限の白い耐熱塗装をされた機体に、緩衝材の唇が不気味に真っ赤。
銃眼の瞳はない。
竜騎士たちが見知りもしない深海生物のように、見た者に不安と不快感を湧き起こす機首だった。
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操縦士は、急降下爆撃において空戦とは異なる恐怖と戦う。
無抵抗に敵の火線に飛び込む。
ただまっすぐ降下する。
空戦に夢中になって恐怖を忘れることができない。
操縦技量やとっさの判断でであがくこともできず、ただ運で死ぬ。
死の恐怖だけでない。
投下できる爆弾は1回1発のみ。
命を賭した1投が、大抵は当たりもせずに無為に終わるという絶望。
急降下爆撃の操縦士の心の戦いだった。
機体の振動が強くなる度、次の瞬間に起こるかもしれない機体の空中分解を連想して背筋が凍る。
キルゾーンへ落ちていく機体にエアブレーキをかけたい。
操縦桿を遮二無二振って敵弾を避けたい。
投下高度にたどり着く前に爆弾を投下して回避軌道に移りたい。
照準などつける時間も惜しい、撃ち落とされる前にせめて爆弾を切り離したい。
生存しようともがく本能を意志力で押さえつけ、敵の火線へ飛び込んでいく。
そして、<ソードフィッシュ>たちは、姿勢を引き起こすことができなくなって地面に激突しても構わない勢い。
『桃音4B、全機<抜刀>!』
投下3秒前、隊長機の無線は届かず、それでも計器と時計でタイミングが一致する。
『抜刀!』
『抜刀する!』
『抜刀した!』
『抜刀』は最終シーケンスの符丁だった。
桃音4B全機が降下しながら刃を咥えた口を開く。
仮面を剥ぐようなギミック。
全く意匠チェックの余地がなかった急造構造、他と不釣り合いに不格好な唇で刃を噛み込んだ機首が開張する。
現れるのは『桃音4B』機首に収まるギリギリまで膨らみ、不格好な丸みを帯びた爆弾。
魔術防御を破るための大型剣と、頑丈な標的に少しでも打撃を与えるための、たった1発の巨大な爆薬。
『投下、投下、投下!』
全機タイミングを合わせての切り離し。
単純な発条機構による射出。
口から暗器の刃を吐き出すような。
姿勢を維持する最低限の固定翼を持ち、まっすぐ降下してくる太く短小な剣に、迎え撃つ姿勢の近衛部隊は気づく。
魔術の加工と文字彫りを施され艶消しされた灰色の剣。
中〜後部を包むように纏った爆薬。
後部に揚力と姿勢安定のために付与されたガル翼。
推進機はなく、重力と慣性力で弾体部<グレイメタルガルソード>(仮称)が真っ直ぐに落ちていく。
『離宮』は重要施設であるうえに警護対象がまだ中に居るのだから、剣を届かせるわけにはいかない。
刃を失い離脱する<ソードフィッシュ>たちを追撃する余裕もなかった。
一撃に死力を尽くして飛行姿勢にも力がない背中を、見逃さざるおえない。
騎乗竜たちの空中機動力をもってすれば、まっすぐ落ちてくるだけの弾体の迎撃は容易。
しかしブレスで爆薬は焼けても炸裂四散はしない。
薄いガル翼が失われても、刃と一体化した根本の小さな突起の翼で姿勢を立て直し、重量と加速のついた大剣はそのまま降下を続行。
最後の手段として、直接手で受け止める竜騎士と騎乗竜たちが、ズタズタに引き裂かれていく。
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遠方から空中戦闘を見守る艦隊各艦。
駆逐艦『雷<いかづち>』艦橋も例外ではない。
望遠で視認できるのは近衛竜騎士たちの捨て身の献身。
『離宮』の外壁に激突した騎乗竜たちが赤い血痕の斑点を塗る。
「装薬がほとんど破損あるいは不発とはいえ、建屋外壁に傷一つ付かないとは」
「宗教施設ということは魔術的防御もあるのでしょう。想定の範囲内よ。それでも要人がいる重要施設を守るために受け止めざるおえない」
断言する作戦部長フーカに対する周囲からの目線には信頼が含まれるものの、半分くらいは『やっぱりこいつはろくでもない』という感情が率直に現れていた。
フーカからすればいつか使った搦手の応用、航空機性能不足を補うための苦肉の策だが。
「これで目標が『離宮』になければ困ったことになりますね」
「もちろん問題ないわ」
ただし話の出所はイリスヨナであり、本作戦の前提条件であるにも関わらず情報の信頼性は微妙なところだが。
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作戦第3段階は、各操縦士の判断したタイミングで同時に行われた。
『桃音』と騎乗竜たちが絡み合う戦闘空域の、さらに上空から、3機とも6機ともつかない、新たな機影がダイヴ。
『MOMONE 4^2B』こと『菱川重工廠製 双胴前翼機『黄奈子<きなこ>』』。
米国の双胴化P51(North American P-82 Twin Mustang )と同じコンセプトを用い、2機の『桃音』が手を握るように横繋ぎされた異形の機体。
2つの機体に挟まれた中央にカプセルのような操縦席があり、そこから伸びる尾が空飛ぶマンタの機影を作り出している。
大日本帝国海軍色の双胴戦闘機が飛んでいた。
明るい灰に黄変化の加わったカーキ色。
黄葉に負ける彩度は枯れ葉のように低く、数寄者には美しく映れども、とてもではないが絵としては映えない。
だがブレス飛び交う苛烈な空戦が背景となって描くシルエットは鮮烈な『黄』を竜騎士たちの目に焼き付けた。
「なんだ、綺麗じゃないか」
愛騎を傷つけられ、離脱しながら戦況を見上げようとした竜騎士がつぶやく。
戦場から離れゆくからこそ口をついた独り言でもあった。
爪と鱗をもつ竜とは真逆、表面から可能な限り余計な物が省かれた人工物としての美しさ。
積載量と航続距離の向上をねらった『輸送機』のはずの機体は、総合格闘戦能力においても現行の『桃音』を超えていた。
空中における彼女の仕草は重くとも軽快。
2個あるプロペラと発動機主機で、空力上の不利をねじ伏せ。
機外に吊り下げていた最後の爆弾を捨てるかのように切り離すと、3次元の曲線軌道を描いて『桃音』と共に空を切り裂く。
新手の敵として竜騎士たちの熱視線を集めながら、『黄奈子』が2機分ある機銃を浴びせかけた。