幕間:エアフォースワン<総帥搭乗騎>の空戦 / 大怪鳥空中巴戦
『完全にナメられている』
飛行隊はたちまち騎乗竜たちに捕捉された。
だが竜騎士たちは飛行隊を一挙に全滅はしない。
おそらく数の差で包囲されるのを警戒して騎乗竜の集結を待っている。
もちろんただ待つのではなく、飛行隊を小突いて性能評価。
竜騎士たちは飛行隊の目的を推測しようとしており、なんなら目的地まで道案内させるつもりでいる。
対する航空隊は爆撃作戦を主眼としており爆弾も増槽も投棄できないから、空中機動は本調子ではない。
また武装を秘匿するために、まともな反撃もしていない。
だから飛行隊は『本気を出していない』のだが、『本気を出したところで性能差は覆せない』こともわかっている。
やっきになって反撃してしまえば飛行隊の性能不足が露呈し、そうなれば全滅へ一直線。
ナメられているのは屈辱だが、屈辱に甘んじてでも機会を待つ。
すでに殿から3機を失った。
相手にとっては小突いている程度でも、こちらは決死の覚悟で命を消費しての時間稼ぎ。
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状況を動かしたのは、空母からの無線通信だった。
『こちら『前龍驤<ぜんりゅうじょう>』。
支援機が1機上がった。40秒後に状況空域に入る。それまで耐えろ』
『耐えろだぁ?』
ーー1機増えたところで圧倒的劣勢は変わらん。
そう怒鳴りかけたところで言葉に詰まるほど、続く命令も意味不明だった。
『全機はこの支援機を全力で掩護せよ。最優先命令である。
最悪の場合は作戦を破棄し増槽と爆弾を捨てても良い。
全火器使用許可。不要警告射撃。全機交戦許可』
ここまで封印厳守してきた戦闘を突然に許可、そのうえ支援機を掩護というチグハグ。
そもそも『前龍驤<ぜんりゅうじょう>』は全力出撃を行い、『予備機』などなかったはず。
どこから機体が上がったのか。
通信内容への違和感は、次の瞬間に氷解した。
『支援機コード「翠玉<エアフォースワン>」』
それは飛行士たちの安全と帰還を願う舟神の思いやりが込められた名前。
試作機のコードネームにも使われた祈り。
『繰り返す。
支援機コードは「翠玉」。
支援機は総帥「乗騎」である』
考えるよりも理解するよりも先に、隊長機として指示を復唱。
次に状況が変化するまで、指定の40秒もかからなかった。
眼下の暗雲が怪しい翡翠色に輝き、瞬間、空中追いかけっこ列の後端で、騎乗竜が2騎同時に破裂。
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雲海を裂いて下方から姿を表したソレは、自ら燃え盛りながら地に落ちることなく飛ぶ、巨大な鳥だった。
鳥のような何かだった。
闇夜に光る宝石というより、深海に揺蕩うクラゲの発光。
周囲に纏う数本の触手がまた、絵でしか見たことのない深海の怪奇生物を想起させる。
翡翠の緑、檸檬の黃、黒血の赤。
いろとりどりに光りながら、どれもが妖しい雰囲気をまとう。
輪郭がぼんやりしているのに不思議と強い光が、巨大な鳥の異形な姿もあり視線を釘付けにする。
翼は腰翼。
エンテ翼機と竜を足して割ったような位置に付いており、ヨナが見たなら『鶴舞う形』と形容したことだろう。
あるいはヒノトリ。
翼端から火を吹き燃え盛りながら、燃え尽きることのない翼。
イリス漁業連合でさんざん奇異なモノを見慣れた操縦手たちですら、脳に負荷がかかり意識を奪われる異形。
同時に、あまりに優雅な飛行姿勢。
騎乗竜も竜騎士も、思考停止して魅入った。
ソレが優雅な仕草で伸ばした触手の先端が、次に竜騎士の頭蓋を砕くまでの間は。
「っ、散開しろ! 次が来るぞ!」
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「振り切れないっ、助けてくれえっ」
背後から追い迫る1本から逃げようともがく若手に脇から振り下ろされた2本目が直撃し赤黒い水風船が弾ける。
「怯むなっ! よく見れば避けられるっ!」
言った竜騎士の乗機が下腹からの一撃で尾を切られ、姿勢が崩れた瞬間に避けられないまま翼を裂かれてたちまち墜落。
「何を見ろっていうんだ!」
「見えない! 死角から礫が飛んでくる!」
「ああっ! 敵が、眩しいッ!」
竜と騎士、ふたつの目があっても全天を覆えるわけではない。
ましてやイリスの操る空中碇は、フーカとすら違って空気圧で飛ぶため火の明かりすらなく発光していない。
「敵のツブテは威力はあるのに魔力が小さい! 探知できない!」
騎乗竜が受ける攻撃は、おなじ騎乗竜か対空の魔力攻撃。
騎乗竜という危険な敵を遠くから撃破するために、どちらの攻撃方法も惜しみなく魔力を注ぐ。
竜自身が薄被膜の翼すら魔力をまとい防御力が高いため、全力の対空魔術攻撃でなければ、竜は倒すどころか追い返すこともできないはずのもの。
だから空中錨<フライングアンカ>による精密打撃は、聖竜皇国が擁する歴戦の竜ですら知らない未知の攻撃だった。
かろうじて直前に察知できるものの、避けることに失敗する竜の方が多い。
錨は音を置き去りにしていた。
超音速ゆえの無音。
追い抜く衝撃はソレ自体が爆発のように騎士たちを揺さぶり精神動揺を与える。
そのうえ空中錨は魔弓や魔槍のように打ち捨てではなく、空中を自在に機動して思わぬ方向から襲ってくる。
だから竜騎士たちは未確認飛翔体を目で追うことすらできない。
「この触手さえなければ!」
触れた竜が絡め取られたかのように分割される。
高速精密制御ゆえに、薄紙すらもが鱗の隙間に忍び込んで竜を切断した。
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急回避をし続けながらも軌道はあくまでゆるやかな曲線を描き、戦闘中でなければ見とれても仕方がないほど優雅。
上昇からロールして、腹を見せながら翼を広げた姿勢で降下。
赤煙の帯が軌跡を宙に描く。
一方で、騎乗者など居ないかのように容赦のないブレイク。
明らかに竜より脆いが軽い挙動。
「若手は鉄の鳥を叩き落とせ! 手練は全員であの大鳥を殺る!」
だが竜騎士たちも『聖竜皇国』の本国配備兵。
よりすぐりと歴戦の騎士ばかり。
すぐさま冷静さを取り戻し、敵の脅威度を推し量った陣形を立て直す。
2騎1組のフォーメーションを組み、失われた騎乗竜の穴をたちまち埋めた。
ヨナに余裕があれば『さすが本職軍人は体育で「二人組作ってー」させたら早そうね』とか言いそうな練度の軍団が、イリス嬢に集中して牙を剥く。
「そうだ騎乗者をやれば、ぐはっ!!」
『撃て撃て撃て! 奴らは巫女様に釘づけだ! 全力で掩護しろ! この瞬間『だけ』がチャンスだぞ!』
観測機『桃音』飛行隊は圧倒的な機動性の差で、空戦してもとうてい弾が当たらないことを理解していた。
だからこそ、完全に気が逸れたこの瞬間の奇襲。
『桃音』に装備された12mmや20mmの機銃は人体に命中すれば人体を容易に分割する威力だが、魔力を纏った空戦中の竜騎士には殴りつける程度の効果しかない。
それでも奇襲の効果は抜群だった。
翼に20mmを受けた数騎が空戦能力を失い、墜落していくかのように空域から離脱。
支援した『桃音』各機は直近に近づいて行き過ぎる瞬間に、援護してくれた総帥ご本人の姿を視界に捉えた。
自分たちも着ているよく見る対Gスーツは闇夜に溶けて、乗騎がぼやりと輝く発光で、ヨナの偏愛する童女の身体の輪郭だけが残っている。
ーー裸の総帥を乗せたエアフォースワンで制空戦に参戦。
「あの狂った作戦部長が考えそうなことだっ!」
呆れる余裕も感動している余裕もない。
敵味方が入り乱れて進攻しながら、航空優位をかけた双方決死の空中戦。