巫女姫<イリス>、飛翔
正直言うと、この時点で自分の判断を9割後悔している。
チセを心配する気持ちは嘘ではないけれど、あくまで2番目以降。
だからこそ、1番とそれ以降の間に挟まれて、私の心は軋む。
古代戦艦イリスヨナの甲板。
ずらりと並ぶVSL発射口はミサイル在庫切れにより恨めしいことに無用の長物と化しており、それがいまの事態を招いたことを思えば自分自身<戦艦イリスヨナ>の戦力不足が無力感として自分を襲う。
「ヨナ、大丈夫。足りてる」
であればイリス様が本作戦中に御色直しをする必要はなかった。
「苦しくありませんか?」
「ん」
着付けをしているトーエの問いかけに、イリス様は小さく答える。
ーー浮き出す肋骨が嫌いだ。
実態はともかく、それは貧困と欠食を連想させて印象が良くない。
ーーだが肋骨が描く胸郭の輪郭が好きだ。
それは艦の船腹、流体に馴染むその流線型に似ていて好ましい。
具体的には、鑑賞するだけで心が凪ぐ。
胸郭の美しさだけを想うならば乳房の膨らみはむしろ不要で、乳首の小さな突起すら輪郭を味わうには邪魔たりうると思う。
だから、腕を引き伸ばしても肋骨が浮かないほどに肉付きが良く、でも肋骨が埋まらない脂肪量が、私にとっての人体の美しさの理想形。
私<イリスヨナ>の所有者、イリス様は繊細なバランスで私の理想を具現していた。
ジャケットを着込む瞬間、持ち上げられた腕の間に見える、脇腹から脇の下まで露わになった胸郭。
輪郭を何度も視線で撫でる。
恍惚の瞬間は一瞬で終わり、後ろから副長が無線の要約を告げる。
「空中戦が始まったようです」
空中戦。
実態は、敵の騎乗竜による一方的な虐殺だ。
元からの『機体性能』差。
加えて混成飛行隊は、荷物を抱えており戦闘機動に制約がある。
絶望的な状況に対するフーカの作戦案は、あまりに暴力的でシンプルだった。
「腹部の圧着を行います」
空気を抜くと布越しに臍が露わになる。
「コルセットを固定しますね」
抗束帯が引かれて、太もものラインに沿う形に吸着。
着ているのが敬愛するイリス様でなければとうてい許しがたい、まるで80年代アニメのような古臭いデザインのインナー。
いつかイリス様専用のサイズで試作した、操縦士のための対Gスーツ。
そう、フーカの提案したオプションプランとは『遥かに強力な単騎をぶつけて騎乗竜部隊を殲滅する』案。
つまりイリス様ご自身による、始祖鳥に乗っての出撃。
そして艦対空個人艤装である対空碇による、空対空の制空戦闘である。
----
私からすれば。
イリス様を人間爆弾にしてぶつけようと言われた気分。
大日本帝国海軍は大嫌い。
私から言わせれば艦だけ残せばその他はすべて不要で、空母を作ったあとは用済みだった組織。
その後は余計なことしかしていない。
ーーというのは艦船が好きなだけで軍隊や国防に興味のない私の昔からの本心だが、いまはただの八つ当たり。
イリス様を守るためのイリス漁業連合のためにイリス様が自ら打って出る、という本末転倒の状況。
トーエがこちらを見て微笑むと、イリス様に耳打ち。
「イリス様、ヨナさんがいまにも『やっぱやめ』って言いたそうな顔をしていますよ」
「ヨナ」
「だって」
イリス様の身体を締め付ける『ぎゅっ』という音すら私の耳を容赦なく愛撫してくる。
「怖いのね」
そうだ。
イリス様が死ぬかもしれないのが、怖い。
私はイリス様のためにここに有るのに。
「かわいいよ、ヨナ」
『かわいい』と言われるだけで、手足が痙攣するほど強く脊椎に甘いしびれが走る。
「ヨナ、素直になって。ヨナの大好きな私になりたい。ヨナ、私の望みを叶えて」
耳に囁かれて私は陥落する。
「なんにも心配することなんて無い。ヨナの心配はヨナの心の中にしかないものだから」
ぜんぜんそんなことにはなっていない、と言い返すべき言葉でさえ、私を屈服させるには十分過ぎた。
「私は死なない。ヨナが守ってる」




