幕間:守られるのは嬉しいが都合の悪いヒトたちとかそのほか
「あー嫌だなぁ」
レインは直刀から血を拭き取りながら独りごちる。
廊下のあたり一面に追手だったものが散らばっていた。
各国来賓が来訪している祭典中に、王城内で武力で仕掛けてくるとは思っていなかったが、それはともかく。
まさかのチセ狙い、上空の大規模召喚陣は恐らく条約破りの『永年竜王』。
しかも本人たちすらイリス様を狙っているつもりだったらしく、混乱していたのだからわけがわからない。
警備計画は破綻して滅茶苦茶。
(私が直接戦闘したことの教会への言い訳は後で考えるとして、ともかくまずはヨナさまの暴走を止めないと。)
「というか、ヨナさま自分で気づいてないんだろうなぁ。この直刀の2本目」
直刀は今は失われた技術に寄る古代戦艦部材切り出しの斬艦刀。
以前に拾った1本しか保持していないはずなのに、遺体から回収したものと合わせて、レインの手元に2本。
ヨナから直に手渡された2本目は見知らぬ業物。
それも、拾った1本目よりも明らかに精度と重量配分が洗練されている。
レインは体格の良い蜘蛛ヒトに生まれ、その上で同種の中でも抜きん出た戦闘の才能があるという自負はある。
それでも、レインひとりで聖竜皇国が巫女姫確保に割り当てた兵士たちを一蹴できたのは、この1太刀の存在も大きい。
愛するヨナさまの身体の一部、それを直接手渡しで預けられたという高揚感。
けれどそれだけではなくて。
即物的な要素として、決して折れない強度を持ち、魔術をほとんど無視して防御を貫通するという武器としての強さ。
古代戦艦イリスヨナの新たな権能が、無意識に開放されていた。
イリスの負担を増やさないように、日頃は自分の力を抑え込んでいるヨナのリミッタが外れている。
誰より愛を注ぐイリス様の、何より尊重する生命と自由を侵されそうになったならば。
日頃人殺しを忌避していながら、一瞬の逡巡すらなくまるで条件反射のように敵兵を殺傷して。
それだけ、ヨナという船神は怒り狂っている。
最も憂慮すべき事態だった。
というか、イリス様を逃した後は降伏しておけば命は取られなかったかもしれないし、あの土壇場で手渡すのが武器だなんて。
日頃しつこく『平和』『平和』と連呼しておきながら、ヨナ様は本質的には好戦的なのだ。
チセが行方不明のままで、どうやってヨナ様を宥めればよいだろう。
ともかくまずはと、魔力通話で無事を知らせようとしたレインの手をトーエが掴む。
「きっといま、おふたりの大事なところです」
いつも微笑んでいるトーエの顔から笑みが抜けているのを、レインは初めて見た。
無線の向こうのフーカは顔が見えずとも、言葉の硬さだけで状況を把握する。
『チセのこととなると、余裕ないのね』
「お願いします」
『私はいいわよ。ヨナも是と答えるでしょう。イリス嬢はどうせいつも通りよ』
ーーイリス嬢はヨナが良ければ、絶望的な末期戦だろうが何でも良いのだから。
「フーカ作戦部長、あなた自分の権能を振るうために、事態をわざと大きくしようとしてはいません?」
『八つ当たりはよくないわよレイン』
フーカはばっさりと切り捨てる。
『ヨナが始めて、ヨナが大きくした事態でしょ。
あたしは関東軍のような『始めておいて負ける』マヌケはしないわ。それに、あたしがわざわざ手を下さなくてもヨナは勝手に事態を進めるわよ』
レインの疑念に対する、それがフーカの答えだった。
『まったく。ヨナの麾下は本当に楽でいいわ』
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「派手にやったわねぇ」
「エーリカ様、いらっしゃったのですね」
何をいつ何処から見ていたのか、どこからやって来たのかもわからない。
エーリカ嬢は前線に出て忙しいと聞いていたのだが、聖竜皇国にいたとはレインも把握していなかった。
ヨナが来ているのに、ちょっかいを出してこなかったし。
「だってヨナと会ったら、いぢめてあげなきゃ可愛そうでしょう?
でもここに来なくちゃならなかった理由が鬱陶しい事情だったものだから、気分が乗らなくて」
エーリカ嬢は珍しくアンニュイな様子をにじませている。
「聖竜皇国は、今このタイミングで練兵中の『古代戦艦殺し』騎乗竜部隊を返せと煩くてね」
「それで部隊は、今ここに?」
「だから私だけ来たのよ。今は実戦による練度上げに忙しい、来年には完結した対艦部隊に仕上げて返すから、と」
聖竜皇国は古代戦艦イリスヨナへ対抗戦力を手元に置いておきたかったらしい。
聖竜皇国が最初からイリスを拘束するするつもりだったのかはともかく、いま対艦部隊が居ないのは幸い。
ーーだが遅くとも来年以降には、エーリカ嬢が手ずから鍛え上げた竜騎士航空戦隊と交戦することになるのか。
「でもだから、今度会ったらヨナを入念にいぢめ尽くしてあげなくちゃね」
エーリカ様はそう言って、纏っていたアンニュイを脱ぎ捨てる。
「だって、さすが私の宿敵。
わざわざ前線から戻ってきたら、この大騒ぎが始まった。
つまらない交渉のためだけの無駄足にはならなかったわ。
見物ついでに、遊覧と視察に来ている皇女あたりを救援して恩を売っておこうかしら」
私たちを手伝ってはくれないらしい。
まあ、最初から期待してはいないが。
エーリカ様が上を見上げると、上空に影が射す。
「お迎えが来たのではないかしら?」
聖竜皇国のど真ん中にあって、空から現れたのは敵ではなく、主をイリスヨナに送り届けた『いーちゃん』だった。