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イリス漁業連合『鳥人間コンテスト』チーム、鮮やかに棄権 / 航空艦船『桃音』の飛翔

「あの馬車みたいなのが『飛行魔道具』?」

「そうです。ヨナさまが想像するホウキ型ももちろんありますが、安価なこともあって飛行大会には出てきません」

「それは残念ね」


聖竜皇国が誇る飛行大会には、大陸最高級の飛行魔道具が並ぶ。


飛行魔術師からすれば垂涎モノの大航空ショーだが、ヨナの興味は艦船にしかない。

コルセアとF-18とF-35と最新鋭F-52が試乗可能で並んでるような会場であっても、セスナとか見慣れたモノを置いといて欲しい、以上の感想がなかった。


「せめて宝飾を楽しんでいただければ良かったのですが」


飛行魔道具は高位な魔術師の乗り物であり、宝飾品で飾り立てられている。

だが、宝石類もまたヨナは興味を惹かれなかった。


「嫌いじゃないのよ?

ダイヤモンドの指輪より、ミネラルフェスタで漁るクズ石のほうが好きなだけで」


艦船の滑らかな船底を偏愛するヨナからすれば、宝飾で空力の滑らかさまで失った飛行魔道具は、『美味しい』見どころがない。


「まだライト兄弟機のほうが見ていて楽しいわね」

「ヨナさまが『ライト兄弟機』って呼んでいたの、『動力飛行機』のことだったんですね」

「喫茶店に置かれている飾りみたいで、かわいいわ」


『桃音』のライバルたち、魔力不使用レーティングは『動力飛行機』と呼ばれている。


ヨナからすればレトロな布張り複葉機が実物大展示されているわけで。

艦船ほどではないにしろ、なかなか見れないモノで興味深くはある。


----


それら参加機体の中にあって、イリス漁業連合『桃音』の機体は明らかに他のどの機体とも異なり、会場で異質だった。

乗員をフルカバーする全金属製のボディに翼がつき、装飾はなく、桃色に塗装されている。


流体力学的な抵抗となる突起部を廃し、丸みを帯びた形状はむしろ装飾を廃しようとする意思すら感じるのに、会場でどの機体よりも異彩を放っていた。


桃音は飛行艇でこそないものの、『船底』は緊急着水まで考慮した形状。

桃音が自社製品ということもあり、飛行機に興味のないヨナも微笑むくらいには好ましく感じている。


----


イリス漁業連合がエントリーしている聖竜皇国の飛行競技。

ヨナ曰く『鳥人間コンテスト』。


競技部門が大きく2種類、『飛行魔術具』と『動力飛行機』にわけられる。

『桃音』は魔力不使用のため『動力飛行機』に分類されていた。


飛行大会の主役は縦横無尽に周囲を浮遊する『飛行魔術具』で、『動力飛行機』は会場の端で寂しく飛行を行っていた。


なにしろ動力飛行機はまだ『ライト兄弟機』の時代にあり、多くの機体が飛んでも10秒ていどでグライダの滑空と区別がつかない有様。

わざわざ見に来るのは物好き程度。


例年であれば。


「『桃音』は素晴らしい機体だ! 設計特集の記事を読んですぐ、わが領地で作った機体にも先尾翼を採用させた!

しかしだな、理論はすばらしいのだが命名はなんとかしたまえ! 『尾が先頭に付いている翼』など混乱するし呼びづらいのだ!」

「は、はぁ。すみません」


「『桃音』のイラストがかわいらしくて! 今日は実物が見れただけでも満足よ!」

「えっと、飛ばなそうだなぁというお気持ちは言外に伝わってくるのですが、本当に飛ぶので見て確かめてください」


「のっぺりとしていて斬新な目を引く意匠だ! 翼はいらないから飛行魔術具として売ってくれないか? 椅子の座り心地も良いと言うから確かめてみたい」

「すみません社外販売の予定はまだです。あと翼をもいだりしたら製造が怒り狂います」


社内報飛行機連載からの『桃音』ファンたち。


イリス漁業連合の社内報がなぜか社外でも流通している件については、広報科の仕事だという。

確かに、まだ飛んでもいない未知の飛行機に、すでに熱心なファンが付いているのだからトーエはすごい仕事をしている。


----


『桃音』の飛行順が回ってきて、しばらく。


いつまで経ってもエンジン始動すらしないイリス漁業連合チームの機体に、周囲に失望が広がる。

聖竜皇国としてはその方が都合が良いわけだが。


「これ以上に恥を上塗りしないためにも棄権をするべきではないかな」


ニヤニヤ顔で言う主催に対して、ヨナは平然としている。


「ええ、最初からそのつもりです」

「?」


ヨナの意図が相手には読めず、言いようのない不安が顔に影をさす。


「『この桃音』は最初から棄権するつもりです」

「なんだって!?」

「こんな狭いジャンプ台では『桃音』のような『本物の飛行機』は飛び立てませんから」


ヨナは言ってから、周囲の参加者にケンカ売ってる言い方になってしまったな、と思ったものの。

その後に見せたモノのインパクトですべて有耶無耶になってくれた。


無線封鎖する理由もないので無線はオープンエアで、イリスヨナは平文のそれを当然に拾っている。

レーダで常時に位置確認もしていた。


ヨナは無線を通じて操縦士に声をかける。


『末義妹<コッツウォルズ>ちゃん、ただのお披露目飛行よ。気負わずにね』

『大丈夫です。1航戦の隊長として、<ロイヤル>義姉様に恥はかかせません』


ソレを気負っていると言うのだけれど。


「イリス様、もうそろそろです」

「ん」


ヨナの胸に飛び込むイリス。

周囲を驚かせるための演出は大事だが、ヨナにはイリス様はつねにどの全てより最優先。


やがて小さな異音が鳴り始め、たちまち耳を覆いたくなるほど大きくなる。


聞いたことがないほどの耳障りな大音量なのに、印象は綺麗な音。

本当に雑音が少ない機体だと気づくのは、彼らが追いつこうともがき、なんとか飛ぶものを形にした後、まだずっと先のこと。


ヨナは突風によろめくイリスの身体を抱え込み、乱れる御髪をおさえる。


イリスは頭上の『桃音』へ向かって手を振った。

一瞬で頭上を通過し、背を見せた桃音が機体ごと翼を左右に振って答える。


周囲はみなぽかんと口を開けたまま、飛び去った桃音を見上げていた。

あまりの速さに機体を見失い、まだ頭上の虚空を見上げている者さえいる。


空力という物理的作用によって飛ぶがゆえに、『桃音』が青空に描く軌跡は飛行魔道具よりも綺麗で。


爆音が過ぎ去った直後の無言時間は、ことさら静寂に感じられた。

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