飛行大会の前日
現地着、遠征艦隊は宿泊港に停泊。
旗艦 海防艦『択捉<えとろふ>』会議室にて、翌日の『飛行大会』参加要領の最終確認を終えて。
「本当にこれで良かったのかなぁ」
レインに終わった会議を蒸し返すつもりはないのだが、言葉にすると愚痴のようにしかならない。
こういうときに話を転がしてくれるのが、意外とフーカだったりする。
相手の不機嫌など何処吹く風だからなのだが。
「焦れて焦ってたのは外交部門でしょ。『桃音』を見て顔色変えてくれたらいいって期待を持ってる」
「顔を真っ赤にして頭から湯気が出るようになりますよきっと」
「そうなればしめたもの。交渉が一歩前進したわね」
「交渉決裂が目に見えてますけれどね」
「決裂も交渉結果のうちでしょ」
そんな形而上学的な結果をイリス漁業連合は求めていない。
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ようは、イリス漁業連合は聖竜皇国から『交渉相手』と見られていなかった。
そもそもヨナは「現代日本人らしい感覚」で交渉テーブルにしがみついているわけだが、聖竜皇国からすればイリス漁業連合と『交渉』する必要はない。
文字通り武力で叩き潰すのが1番簡単なのだから。
そうしていないのは他国向けの面子や力関係が理由であって、この1年で最低限の政治的体裁を整えた聖竜皇国は、飛行大会が終わればフリーハンドでイリス漁業連合に全力攻勢をとれる。
このまま『鳥人間コンテスト』が終われば、イリス漁業連合は壊滅する。
外交部門としては、一矢報いるというか、窮鼠猫を噛むというか、そういうことを目指しているわけではなく。
たとえ相手の面子を潰して激高させようとも、まずは振り向かせないと口説くこともできない、というわけだ。
聖竜皇国が驚愕してくれれば悪くとも『献上』も視野に入れれば和平の話が進められるかもしれない。
そう、『桃音』の飛行に外交部門は期待している。
それ自体は、レインと外交部門も同意したことである。
レインが懸念しているのは『ヨナ対策』の部分。
飛行大会において、桃音は飛翔力の全力を見せることを許し、ヨナには自由な発言を許可するとしていた。
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「ヨナなら放っておけば勝手にやらかすわよ。その方がはるかに効果的でしょ?」
提唱したフーカが言っているのは要するに『どうせ放火するなら油も撒いておけ』である。
外交部門からすれば、以前ヨナが吸血鬼保有艦と和平した『脅迫的降伏』の奇跡をもう1度、という薄っすらとした期待もある。
「現代日本の倫理観と技術力を持っておきながら大陸の現地民を文明人扱いなんて、あれがジョークなら英国人も真っ青よ。慇懃無礼で失礼極まるというものだわ」
フーカの言い様には、その『現地民』に自身は含まれていないのが明白だった。