幕間:夕日の中の式神式空母 / 国を薙ぐ劔
「大変だ! 『壁』が河川を遡上してくる!」
大陸を流れる河は対岸が見えない海洋のような大河で、人々は大河の恵みに身を寄せて、どの国にも岸辺に集落がいくつも存在していた。
肥沃であるがゆえに、しばし海獣災害にも見舞われるわけだが。
「あれは壁じゃなくて船じゃないか」
「あんなデカい船があるかよ」
「平たい船だなぁ」
川岸の住人たちは普段、河川漁の2人乗りボートくらいしか船を見慣れないわけだが、そんな彼らの目から見ても異様に平たく映った。
艦橋と煙突のない平甲板の空母。
また、なにしろ大きい艦であるため、甲板上の幌をかぶった小さな荷物こそが本艦の『主役』と気づくものはいない。
『前龍驤<ぜんりゅうじょう>』を牽引しているのは古代戦艦イリスヨナ。
実際には『前龍驤<ぜんりゅうじょう>』よりも牽引している古代戦艦イリスヨナのほうが全長が大きい。
だがイリスヨナの船体はほとんど水面下に隠れ、艦橋は防護被覆で厚く巻かれて、浮島のように背景に溶け込んでいる。
『前龍驤<ぜんりゅうじょう>』のほうが、自然の中に明らかな巨大人工建造物らしさで視線を集める。
飛行甲板を支える柱が並ぶ開放式格納庫が、背面まで吹き抜けているシルエットの異様さもある。
「中に並んでるあれ、何なんだろうな」
「血塗れの巨人がぶら下がってるみたいだ」
「まるで不吉の前触れじゃあないか」
宗教乱立している大陸において十字架の意匠はメジャではないものの、神聖な形象ではある。
戦場で作るに簡素であるし、墓石にも多く使われる。
「まるで巨大な墓所だ」
「巨人の葬列みたいだ」
「あれ、イリス伯領地からの船なんだろ」
「倒された竜の墓碑だっていうのか?」
「イリス辺境伯は、あんなに沢山の竜を倒したのか」
「さあ。あるいはもしかしてこれから?」
平民である彼らは、遠く海浜辺境で斃された竜の数を知らない。
彼らには、航空艦船『桃音』の群れが葬られる竜の墓碑に見える。
空母には『戦艦』のようなわかりやすい艦砲などはついていない。
戦うための船には見えないはずだった。
だが夕方のごく短い時間、紅い夕日の中では印象ががらりと違って見える。
経時して黒く酸化した赤黒い血塗れの箱。
『前龍驤<ぜんりゅうじょう>』が実用艦船である以上は意匠に割ける設計自由度には限度というものがある。
建造を含む短い期間で広報科にできたこともそう多くない。
それでも不意攻撃への怒りと殺意を抑えようとした広報科の努力の結果は、率直に言ってあまりに時間が足りていない。
その艦を見て、和平の使者だと思うものは皆無だった。
「何が起こるかまったくわからん。だがこりゃあ、とんでもないことになるぞ」
『巨大な壁』として強く印象付けられ、その後の沿岸地域でイリス漁業連合と聖竜皇国の諍いが人々の話題に登るたびに、印象深く思い出される光景として記憶に刻みつけられた。
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事実上の休戦を維持するための、聖竜皇国で開催される飛行大会への参加。
古代戦艦イリスヨナはそのためだけに新造空母を牽引して聖竜皇国へ。
入国時、イリス漁業連合が強く要望したにもかかわらず、上空を騎乗竜が旋回していった。
当然にピリつく遠征艦隊だったが、最初の試練として上空の仮想敵に暴発することなく耐えてみせた。
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入国時に上空から艦隊を見た竜騎士は、戦場で古代戦艦と先頭経験もある優秀な騎士だった。
エーリカ嬢が取りまとめている対古代戦艦部隊から本国へ引き戻したわずかな人員のうちのひとりでもある。
「艦隊について報告したまえ。特に『新造空母』とやらはどんな船だったのだ」
「古代戦艦とはまた違う、異様な船でしたよ。
物見台はありますが、古代戦艦のような高い塔はなく真っ平ら。
城塞には程遠く、たいした防備があるようには見えません。
胴は細長く今にも折れそうです。
ただ、長さだけは例の古代戦艦に比するほどありました」
「所感はどうだ。率直なところ、どう感じた?」
騎乗竜は竜騎士の感情を敏感に察し、怯えがあることに気づけば乗り手足り得ぬとして空中でもかまわず放り出す。
なので、地上に降りたからこそ感じられることもある。
「まるで巨大な劔でした」
上空からはっきり見えるほど大きい、大地すら切り裂かんばかりの鋼鉄の劔。
「たった1年です。1年で、我々が知る人造艦船とやらは倍以上に巨大になった。今後にも予断を許さないと進言します」
竜騎士は、空母の切っ先が文字通り自国へ向かって来ていることに、言いようのない不安を感じていた。