空母乗員の特権とフルーツパンチ1
「『海ぶどう』の語感には大いに騙されましたわ」
<ロイヤル>が嘆息する。
着工してすぐ、またたくまに大地に船台が掘り進められて数日。
横にある空母乗員予定者用の掘っ建ての脇。
パラソルの下で椅子に座り、スイと雑談をしながら待っていた。
田舎娘のスイはともかく、美貌のエルフ族である<ロイヤル>が指を組む様はそれが野外であっても絵になる。
「スイはアレ、よく食べられますわね」
「このあたりの漁師村で、こどものおやつといったら海ぶどうかダルスですからね」
話題に登る『海ぶどう』とは海藻の一種で、玉の房がつらなる様子がぶどうを連想させることから名付けられた。
いかにも甘味を期待させるその小ぶりな房の味はどうかといえば、率直に言って『塩の効いた新鮮な生の昆布』。
得られる甘味の少ない海浜辺境で、ふくらむ期待が大きいゆえに落差による落胆も大きいという、ざんねん食材である。
海藻臭い独特の味がきつくて、<ロイヤル>は食べることができない。
ダルスというのも海藻だ。
海浜辺境の貧乏な子どもたちは、腹減りを誤魔化そうと親の言いつけを破って浜に近づき、ダルスや海ぶどう、岩のりといった海藻を食べている。
もっと勇気のあるものは、牡蠣を岩からこそいで食べたりする。
そして、毎年のように数名が海獣の腹に収まる。
「スイには申し訳ないのですが、わたくしは海ぶどうは無理ですわ」
スイは<ロイヤル>に地元名産を貶められて気分を害する様子もなく、むしろ当然とばかりウンウン頷く。
「たしかに、この前初めて食べた『本物のぶどう』は美味しかったですからねえ」
「イリス様に下賜されたときですわね」
「いちごに、りんごに、みかん。白パン、あんこ、抹茶、クリームに、ぶどう。
世の中にはおいしいものがいっぱいあるんだなって、最近やっとわかってきました」
ほう、と夢見る乙女風に美味を思い出すスイ。
「えらいひとは毎日あんなフルーツ盛りを食べながら暮らしているんですね」
「スイ、量と質はともかく、貴人でもあんな多種のフルーツの盛り合わせはなかなか見る機会がありませんわ」
「そうなんですか」
「1種類なら金と権力を使えば簡単なことですわ。
でも、いくつもの果物を同時に複数集めるのは手間がかかって大変ですから」
「へえ、そうなんですか」
スイはわかっていない感じでうなずいた。
艦長として空母搭乗員の統括を任され、その建造にも関わっている<ロイヤル>からすれば、大陸中あちこちから多種のフルーツを難なく集めてくる掌砲長の商品管理能力には息を呑む。
そのうえ当地は産地から遠く輸送路の限られる海浜辺境という悪条件。
既存の交易拠点都市と繋がった大陸中央部ではない。
交易を仕切っている掌砲長の部下には優秀な人材が揃っていると、<ロイヤル>は感嘆している。
工員に事務員に乗員に、絶えることなく生活用品と食事を手配する文民組織。
イリス漁業連合の主計がここまで強力なものでなければ、<ロイヤル>の空母統括はとっくに破綻していただろう。
いま、イリス伯領地では林檎と柑橘が価格崩壊気味に安くなっている。
掌砲長から言わせれば適正価格よりまだまだ高いのだが、これまでの海浜辺境ではありえなかった安さ。
空襲からあと少し前まで飢えかけていた新浜市の住民たちは、さわやかな甘味を味わうことができるようにまでなっていた。
商品を適切に管理できるようになるだけでも、物流には市民生活を変えるだけの力があるのだということを実体験させてみせる。
掌砲長が鉱山労働者組合員たちへ向けて語った『交易の力を示す』という宣言は、すでにその一端を見せつつあった。




